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2023年9月22日金曜日

自然霊との話し方を人に使う(運気UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は自然霊との話し方のおさらいです。





前回までに主要な自然霊との話し方や
大まかな性格等を解説してきましたが、

これはそのまま人に対しても
当て嵌める事が出来ます。

人にはそれぞれ支配霊という
カテゴリ分類が存在しています。
そして、それは一人一人異なります。

・龍神さんグループ
・お稲荷さんグループ
・天狗さんグループ
・鳳凰さんグループ
・狛犬さんグループ

これまでお話してきた内のどれかに
人は必ず当て嵌まります。





人の話し方や思考には特徴が出ます。
ただ漠然と聞いているだけでは
皆目見当も付かないでしょうけど、
相手の言葉を真剣に聞いていれば
自ずとその形は視えてきます。

もし、その時に、
ある程度の特徴を抑えておけば、
人と話す時の貴方のスタンスを
貴方が位置付ける事が出来ます。

そうすると、必然的に
悩みの程度が変わってきますよね。

誰でもかれでも同じ様に話すから
余計な問題や悩みが生じてしまう。

では、その悩みの根本は何か?
相手との意識が合わないという点です。





相手全員を万人との意識を合わせる
なんてSFみたいな事は難しいですが、

ある一定の特徴を備えていれば、
自身の受け止め方は臨機応変に
対処させる事が可能になってきます。

意見が合わないから悩む
性格が合わないから悩む

この時の悩みというのは、
考えもしない内に
自分の正義を中心に
据えてしまっているから悩むんです。

自分=正義
相手=悪

この形を作ってしまっているのです。

人と言うのはそんなに単純ではないです。
複雑だからこそ大変なのに
思考も行動もせずに
悪戯に簡素化してしまうから、
要らぬ悩みを生じさせてしまう。





それであるならば、
安易に己の中で勧善懲悪な形を設けずに

相手をコントロールする事を
その術を使い熟せばいいのです。

相手に合わせて話し方を変える
というよりも
自分に落とし込む中身を変えるのです。

例え微々たる特徴だとしても
それさえ掴んでしまえば
自分の中での整理ができますよね。

物と同じで、雑多にしておくよりも
整理整頓しておいた方がよく見渡せます。
その中から選ぶのも簡単です。

ましてや、
人というのは生物でもありながら
ある種、情報の塊とも言える存在です。

情報という事であれば、
ソートしておくのが常識です。
この手がかりであり
きっかけと成り得るのが
前回までに解説をしてきた
『自然霊との話し方』なのですね。





自分の中で相手の事を纏めていく。
パズルのピースを嵌めていく感じです。

それが出来ると
相手の言動に合わせる事も
徹底的に拒否したり、
逆に嫌がられる様に仕向ける事も出来ます。

言い方はどうあれご自分に対して
相手が合わせるという流れを作る。
これが結果として悩みを減らして、
幸せを増やす事に繋がり、
果ては運気を上げる事に繋がるのです。

その為には真剣に
話を聞いたり観察をするといった
努力が必要になってきますし、

時には意図的に悪役となる事も大切です。

それなのに、綺麗事に溺れているから
一歩も二歩も出遅れてしまって、
嫌な事が続く様になる。

いつも同じだと考えない。
微々たる変化も見過ごさない様に
真剣に向き合って自分に落とし込む。

覚える為の自分なりの努力と
臨機応変な思考を心掛ける。

与えられたのであれば、
即座に活かすくらいの度量が必要です。

スピリチュアルというのはね、
実戦で使用してなんぼだというのを
忘れてはいけませんよ。


2023年6月4日日曜日

周りにも自分にも流されたら得られない物

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は無償の愛についてです。




人が人として育むべき愛情の
最終的な到達点が無償の愛です。

金も物も剰え気持ちも
見返りを一切求めずに愛情を注ぎ続ける
想いの最終進化形。

これだけを聞くと、自分一人が頑張ってて
すごく虚しいものだと
考えてしまいがちですが、

それは余りにも自分の方に意識が
向きすぎているし、思慮が足りません。

思い出してほしいのは、
あなたは一人ではないということ。

類は友を呼ぶという言葉が好きなわりに
こういう話に及ぶと直ぐ一人だと誤認する。

見返りを求めない愛情を注いで、
それと同様の想いを持っている人を
呼び寄せればいいでしょ?

無償の愛を共有できる人なんて
一生涯でも極少人数にしか出会えないけど、
例えそれが自分以外に一人だったとしても、
出会えたならそれはとても素晴らしい事で、
最高にして最強の徳の一つなんですよ!

要はめちゃ幸せな事!!って意味ね。





その過程の中で、人の持っている様々な顔
つまり本性を視る事になる。

それは自分の本性を知る事でもある。

そこで絶望をするのではなく、
あくまでも反じて省みる努力をする。

それはとても大変な事ではあるけれど、
そんな努力の一つもしないで
得られるほど簡単な訳ないでしょう?

どんな事でも素敵な事を得るには
それに見合った努力というものが必須となる。

何も思考せずにただ日常を生きる。
目の前にある容易く軽い愛情にぶら下がる。

そんな生き方じゃ一生涯を掛けても
得られない得る事の出来ない愛情のカテゴリが
無償の愛なんです。




誰しもが得られる権利を
生まれながらにして持っているのに
自らのエゴでいとも簡単にその権利を
手放してしまう想いの形、それが無償の愛。

そして、自分が手放すという事は、
自分が向けるべき愛情によって救われる人や
自分に向けられていた無償の愛を放棄する
早い話が他者の幸せに答えない(裏切り)
という事でもある。

だからこそ、生きとし生ける者にとって
徳を積む=幸せを得る事に区別はないのです。

どうして俗欲的な生き方や思考、
人を裏切ったり辱めることが
向こうの世界の理では罪となるのかは、
この愛情という面を深堀する事でも
人によっては理解が出来るはずです。

人は独りじゃないからね。




与えるだけじゃない
受けるだけでもない
その両方を余すところなく発揮して
後に、「あぁこれか!...」
と、言葉にならない感覚で理解できるのが
無償の愛。

おそらくだけれども、
とても身近にある悟りの一つなのだと
あにきは考えています。