今回は動き方について
お話をしたいと思います。
「頑張れる人」と「頑張れない人」
と、いうのがあります。
読んで字の如くとはなるのですが、
少々内容が深いです。
ここで示す
頑張れる頑張れないと云うのは
努力の形を意味します。
例えば、
頑張れる人というのは、
自身で思考して努力を出来る人。
このタイプの人は、
周りが黙っていても自身を奮い立たせて
様々な形で努力をする事が出来ます。
また、必ずではないにしても
自身の責任というのを理解しているので
潔さも持ち合わせています。
但し、
努力する方向が間違っていたとしても
猛進邁進するという特徴も存在しますので、
簡単に自己の意見を変えられない等の
頑固さが強く出たり、
慎重になり過ぎるが故に、
先行した動きや新たな思考に適用する為の
時間を多分に要する悪癖や
責任感の高さから発生する
心的ストレスを負い易いといった面も多いです。
現実的思考が中心となり
幻想を好み、決して嫌いではないが
現実というものを理解出来るので
幻想へは逃げない考え方を持ちます。
頑張れない人というのは、
他者の指示や思考に則った形での
努力が出来る人。
このタイプの人は、
他者からの引立てや圧力を得る事によって
一定の努力をする事が出来ます。
1つの目標や目的、
大衆意識に則った思惑などに対しては
漫然と突き進んでいける様な力があり、
自己意識を抑えているので
柔軟性は高いのですが、
その高すぎる柔軟性の結果
周りの意見に迎合は出来ても
自己の意見をそもそも持てなかったり、
変更の判断や意思決定が自前で出来ない等
必ず他者の指示や意見、
物や見えない存在の力に頼ろうとする様な
風見鶏的思考の特徴が強く出ます。
また、
自己意思が希薄であるが故に
責任感への理解や慎重さを軽視してしまう
という傾向が強く、
それまで頼っていた存在ですら
容易に捨ててしまうので、言い訳をしたり
人や物の所為にする癖が顕著に出ます。
理想的思考が中心となり
幻想を好み得ています。
現実は理解する事が出来ますが、
綺麗事や幻想へ逃げ易くなります。
頑張れる人、頑張れない人という
思考回路の造りを
大枠で説明するとこうなります。
また、同じ人だとしても
部分部分や場面場面によって
両方の特徴が入れ替わる事もありますが、
軸的な部分は概ね固定化されています。
あくまでも思考回路の造りですので
善悪の判断をここでする事は
不可能となります。
また、性格についても同様で、
ここからの反映は確かに存在しますが
どちらかと云うと
当人が在する環境やそれまでの人生経験や
輪廻の回数、霊格の高さなどの方が
色濃く影響を与えるものなので、
やはり、
ここのみで判断するのは不可能と考えます。
然しながら、
個々人に対する運気の向上や
維持という観点については、
対象を見極めなくてはならない箇所となります。
本来のスピリチュアルに於いて
運気とは自身で創り上げるものです。
その維持もまた同様ですね。
自身の考え方や動き方と相反する対象と
動を一にしていれば、不必要な齟齬や
永遠の不理解や不共感が発生し、
負の螺旋への動きへと繋がり易くなります。
ですので、適切な距離を得る為に
自身も含めたこのポイントを抑えて
見極めていく必要があるのです。
全てが同一の
距離感には
ならない事も
また事実なんやで



