2025年12月15日月曜日

よろこびに気付く(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




巷で囁かれている「気付き」が、
非常に現実離れしている
まやかしだというのは、
既に周知の事実です。

気付きというのは、
言うは易く行うは難しを
地で行く様な業ですから、

とても簡単とは言い難い内容です。

けれども、
誰でも出来るしいつでも出来る。

そのポイントポイントに
視点を当てられるか。
自分を中心としたスフィアの中で
如何に感度を向上させられるか。

ミクロだけでなく
マクロの部分も含むし、

目に写る部分だけでなく
視えない部分も含むし、

自分がそこに居なくても
時間と空間を越えた場にも
気付くべき点は含まれる。

そんな超高度で高難度な業が
本来のスピリチュアルで
教えている気付きですね。




高難度の業になればなるほど、
普段気に掛けない身近な点について
目を向けないとなりません。

その一つが「よろこび」です。

身近な場所には
色んな「よろこび」があります。

動けるよろこび
話せるよろこび
触れるよろこび
信じるよろこび

こういった「よろこび」は
どこにでもありますし
誰だって体験していますし

今この瞬間にだって起きている。

言われれば「あぁ...」とは、なるけれど
言われたところで
実感は全く湧かない。

気付かないどころか、
当たり前過ぎてその価値すらをも
スルーしていますよね。

ここに自動で気付く時というのは、
その真逆の状態となった時です。

動けなくなった時
話せなくなった時
触れられなくなった時
信じられなくなった時

病気や怪我や五体不満足等の
極端な状況や状態を
想像する必要はありません。

寧ろ、
それを想像すると分からなくなるし
思考停止に陥ります。




そうではなくて、
身近な事なのだから
想像も身近な事でないといけません。

例えば、加齢や軽い捻挫とかでも
普段よりも動けなくはなりますよね。

話していた相手が遠くへ行けば
話せなくなりますよね。

触れ得る相手が居なくなれば
触れられないですし、
自身が信じるのを辞めれば
信じられる事も同時に無くなります。

こういう事は、今この瞬間にも
唐突に起こりえる状況です。

つまり、貴方の中にある当たり前は
全く以て当たり前ではなく
今この瞬間に、たまたま

「出来ているだけ」

と、いう状態なのです。

本当はガラス細工の如き壊れ易さなのに
意識もせずに無条件でやれてしまうから、
そこの価値やよろこびをも無視をしてしまう。

貴方が「無視」をしている時に
一体「何を」優先させているのかを考えれば
この気付きの大切さや意味が分かるのですよ。

さて、何を優先させているのでしょうね。

分からなかったら
聞けばええし
分かったとしても
聞かない内は仮説やで
聞くのが面倒ならば
貴方にとっては
その程度の話って事や