2026年4月8日水曜日

おこない[業]を考える(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




自身の日頃の業の善し悪しというのは
その場その場で
分かるものではないですが、

時間が経った後に
その結果は必ず分かる様に出来ています。

どういった点で分かる様に
なっているのかと云うと、

例えば、
自身の喜びを分かち合って
もらえるか否かとか

困った時に助けてもらえるか否かとか
嫌な事を回避できるか否かとか

そういった事象での判断となります。

また、完全に善いことばかりとか
完全に嫌な事ばかりとか

極端な振り方や寄り方もしません。
あくまでも
その都度の善し悪しのバランスで
内容は決する様に出来ています。




かと言って、
嫌な事を回避したいが為に
善き事ばかりを意識して動こうとすると

確実にその逆方向へと
結果は流れていきます。

何故ならば、
善き事ばかりを望むという行為自体が
「俗欲」に過ぎないからです。

善き事というのは、
結果を望んでやることではありません。
見返りを望まずに動くことに意味があります。

考えるべきは
相手からの結果ではなくて
相手のためという素直なまでの「想い」です。

「こうでありたい」
「こうなりたい」

ではなくて、

「こうあってほしい」
「こうしてあげたい」

と、云う純朴なまでの想いが重要です。
この思考と感情が
日頃の業に大きな影響を与えます。




ですが、完璧は存在し得ません。
この逆の思考と感情も
人は持ち合わせています。

想いではなく「念」ですね。

自分本位や俗欲といった念に纏わる
思考と感情も人は常に発しています。

これを無視して想いだけに偏らせて
業を全うするなどという事は
生きている内だけでなく
向こうの世界へ行ったあとでも無理です。

そして、善くない点の日頃の業、
念に纏わる部分というのは
意識をせずとも発することが出来ます。

善い点の日頃の業、
想いに纏わる部分というのは
意識をしないと発する事が出来ません。

つまり、日頃の業というのは
何のため誰のためを特に何も意識せずにいると
善くない方へ全振りしてしまうのですね。

しかし、想いの方は全振り出来ない。
この絶妙なバランスで日頃の業というのは
成り立っており、

その結果への反映も
このバランスを基準にして設けられるのです。

自身を律した上で
日頃の業を
考えなければ
得られる結果は
目に見えているんやで