2026年7月1日水曜日

膂力としての素直さ度(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




人はいつでも救う側と救われる側に
身を置く事になります。

どちらか一方という意味ではなくて
常に両方に身を置くという意味です。
それが時と場で変わるだけ。

そして、それは必ずしも
救えたり救われたりする訳でもないです。

どうにもこうにも
ダメな場合だってあります。
救えないとか救われないという事です。

自分自身を第一に考えて、
努力と云うものをせず
何かへの依存を恒久的に辞められない存在。

立場と云うものに固執して
常に自身を優位な状況下へ置いておき

他者を見下して蔑み、
立場が自身より上の存在には媚を売り
己の立ち位置のみを優先的に
保持しようとする性根の持ち主。

自身が原因だとは決して考えずに
何かにつけて人の所為や物の所為に
する事を志とする思考の存在。

貴方が救う側となっている際に
こう云った存在に出くわしたら、
相当な苦労をする事になります。

何故なら、
一定の条件が整わない限り、
こうした存在を救う事は叶わないからです。

厳密に云うならば、
救う前に貴方が力尽きてしまうか
貴方自身が負の影響力を受けてしまって

闇の領域へ足を踏み入れてしまうからです。

結果として、救う迄には至らない。
そういう結末が実際に起こり得ます。

これは、
救う側の器の問題とも云えますが、
それは救われる事ありきでの思考であって
ナンセンスでしかありません。




この現世は
基本的に救われる様に出来ています。

但し、それは努力を怠らずに
自身の四肢を使って前へと進む尽力を
認められた場合に限るものです。

四肢とは言いますが、別にこれは
身体のどこかに不具合や欠損があっても
同じ事を意味します。

自分の意志で前へと歩む
その努力をするという比喩です。

いくらきっかけを得ようとも
理に適った教えを請う事が出来たとしても
その場だけでなく日頃から使って動いたり
動く為の気概が無ければ

結局はその時々を凌ぐ事に躍起となり
陳腐なプライドに固執するあまり
理解したフリをして他との共感よりも
自らの威厳を優先させます。

その結果、
無理をする流れとなるので、
いずれは身を保てなくなりボロが出るから

それまで依存していた相手や存在すらも
自身を貶める魔的な存在として
手の平を返した動きをする様になる。

こうした中で、
親身になっていてくれる存在すらも
悪と断じて自身の敵としてしまう。

ある一定の条件下で
場が整っている状態や状況以外は、
遅かれ早かれこの流れとなり堕ちます。

そして、
ある一定の条件下とは想いを軸とした
「素直さ度の上昇を施す環境」を指します。

この意味合いを当の本人が理解や
認識をしない場合、
救う側が負の螺旋へ取り込まれて堕ちます。

なので、どこかのタイミングで
救うか引導を渡すかの判断を迫られるのです。

これは非常に辛く哀しい決断となりますから、
見定める為の知識を以て悔いのない様に
最大限の努力をしたいと考える筈です。

皆さんへお話をしているのは、
その為の指針と心構えに外なりません。

誰かを救うのも
誰かに救われるのも
日頃の業の中での
努力や尽力と
俗欲を制御する為の
膂力たる素直さ
これしかないんやで

2026年6月27日土曜日

決して楽にはなれぬ現実(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




悪霊と云う存在がいます。
死してなお俗欲に執着を
続ける存在の総称になるのですが、

この悪霊とは、
どの様にして生まれるのでしょうか。

端的に云うと、
何かしらの執着を切り離せない場合に
死後悪霊と化します。

生への執着かも知れませんし、
やりたい事への執着かも知れません。

単に生前の思考を
肉体が無い状態で続けようとする執着
と、いう場合もあります。

強い恨みなどで悪霊化してしまう様な
ケースもあります。

この「恨み」という部分は、
言い難いのですが殺害されてしまった等の
悲しいケースも含まれます。

ただ、
1つ誤解の無い様にして頂きたいのは、

「悲惨な死を遂げたからと言って
必ず悪霊と化す訳ではない」

と、いう点です。

悪霊と化すのは俗欲への執着が基本です。
仮に悲しくも
非業の死を遂げてしまったとして

亡くなった方がどんな形でも
それを受入れているのであれば、
悪霊と化す事は無いのです。




寧ろ、俗欲への執着という点で云うならば、
手を下した人間の方が悪霊化し易いです。
何故ならば、俗欲に溺れた結果
手を下した訳ですからね。

また、恨みの連鎖や負の螺旋という
影響力が働きますから、
亡くなられたご遺族などの方が死後に
悪霊化してしまうという事も少なくないです。

これらはどんな形であれとても悲痛な事です。
出来る事なら悪霊化は防止したい。
僕がずっと胸に秘めている
原動力たる想いです。

その中に、
貧乏神化防止というものがあります。

生前に貧乏神と化してしまうと、
その存在は死後確実に悪霊と化します。

貧乏神という存在は、
現世に於ける社会の中での善悪は
まるで関係の無い存在です。

つまり、
普通の人でも貧乏神にはなるのです。

本来のスピリチュアルは、
ここを可能な限り防ぐためにあるものです。
ですが、それは当人に
委ねられるものですので

自ずと限界点が生じてしまいます。

人らしく生き、俗欲に溺れずに制御する。
失敗を恐れずに人間味を大切にして、
前へ向かって進む過程で
向こうの世界の理を護る努力をする。

早い話が、「想い」を軸とした
考え方や動き方をしようねってやつです。

悪霊と化した存在の末路は悲惨ですからね。

哀しみどころか
世代を超えて
連綿とした
恨みの連鎖を
生んでしまうのが
貧乏神や悪霊化です
ええこと無いんやで