2026年4月25日土曜日

自身錯誤を見詰めて(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




想いと念というのは
常に同じ場所にあります。

想いを使う時は念もその場にあって
同時に拠出しているという意味です。

思い遣りも同様で、
常に同じ場所には自分本位が居ます。
背中合わせの状態ですから

思い遣りを使う時には自分本位が
出易いという事になります。

相談事をされたり意見を述べる時などが
とても分かり易いです。

人は相談をされたり
意見を求められたりすると
自分の中では意識をせずに立場を作ります。

自然と「自分の方が上」という
認識が出来上がってしまうのですね。

これはどんな場面でも同じです。
そんな事は無いと思いたいところですが、
こういうのが自然の摂理なのです。

その上で、意見を述べたりするのですが、
ここで「思い遣り」というのを
しつこいまでに意識をしないと、
自分本位に支配されてしまいます。

意見を求められているのですから、
当然に話をします。

それもかなり自由に言いますね。

そこで、相手の立場や状況、性格などを
しっかりと考える事が出来ていない場合だと
意見は意見でも無理難題を
押し付けてしまったりするのです。

そして、その事実に意見する側は
全く気が付く事はありません。

後になって考えてみても分かりません。

自分が言われる側になって
初めて理解が出来るのです。
思い遣りだと思っていた事が自分本位だったと。




人に意見を求められるのは
とても気持ちが良いものです。
頼られているという快楽を得ますからね。

落とし穴はそこにあります。
嬉しい気持ちと快楽に溺れてしまうあまり、
相手のためという目的を逸脱してしまう。

一個人に対する意見なのだから、
その個人が行動可能な範囲で
意見をしないといけない。

にも関わらず、
個人ではなく組織に対する意見を述べてしまったり
苦言を呈してしまったりする。

しかも、自分は安全圏に居るので、
言う事は好き放題になります。

これが思い遣りでしょうか。
どう考えても自分本位に外なりません。

こういった場面でその人その人の
駄目な自分というのが露見されます。

どんな時でも「相手のため」「何のため」を
考えなくてはいけないですし、

これ自体は言うは易しで実際にやるとなると
普段からその動きをしていなければ
到底出来ない程に困難な動きでもあるのです。

思い遣りと自分本位、
想いと念は常に背中合わせです。
少しのお手伝いもやり過ぎてしまえば
「余計なお世話」となりますよね。

日頃からの積み重ねが出来ているかどうか
よくよく考えて業を熟していきましょう。
善い事ばかりを考えていると
気が付けば念塗れとなってしまいますよ。


意見を求められた時に
自分達が発した
言葉をよく考えて
考察してみるんやで
あにきとの違いが
よく分かるはずや