2026年5月30日土曜日

渇望するが故の(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




想いや思い遣りというのは
自分のみで確認ができる代物ではありません。

何故かと云うと、
相手が存在する事と
相手へ向けてのものだという事と、
相手共感して初めて成り立つものだからです。

また、「想い」は相手の受取り方次第で
どうとでもその内容が変わってしまいます。

自身が善しとする事であったとしても
それは貴方自身にとっての事であって
相手も同じとは限らないからですね。

この点をしっかり理解をすると
無闇矢鱈と「想いを...」などと云う台詞を
吐く様な真似はしませんし、

口にする事自体を忘れます。

例えば、
教える側の存在が
純粋に教える事を目的として
「想い」という台詞を言う場合はあります。

言わないと分かりませんからね。

それともう一つは、
お互いがお互いの想いを理解し合っていて、
その価値観を高度に共感している場合です。

これらの事例以外で口にしている場合は
基本的に想いというのを
理解していないから発しているか、

それっぽい言葉を吐き出して
何か不埒な事を画策しているか、

このどちらかとなります。
なので、
人を視る時の一つの指標となるのですね。




想いで相手に接して、それを想いとして
受け止めてもらえた場合の行為のことを

「思い遣り」と、云います。

同じ事をしても相手が想いとして
受取らなかった若しくは
受け止められなかった時は、

思い遣りとしては不成立となります。
下手をすると念に変わります。

例に出すと、
「余計なお世話」というのが分かり易いですね。

そのくらい、本来のスピリチュアルでは
思い遣りと云うのはハードルが高い代物です。
意図的に確立させようとして
出来る様なものではないという事なのですね。

それを理解した上で、
決して蓄縮せずに積極的に自身から
行動する事が出来るか否かが重要となります。

そこで失敗を恐れてしまい
己の中の完璧主義を壊す事が出来ないでいると
思い遣りどころか想いを喪失して
全ては「念」へと帰依するようになります。

その成れの果てが「貧乏神」という事になります。

これを防止する為、日頃から
「何のためなのか」「誰のためなのか」を意識して
行動する事が大切になってくるのです。

意識が自身の
内側へと向き過ぎると
念が増していき
想いを渇望するので
「想い」
という台詞を
多用するんやで

2026年5月28日木曜日

全き強さをその手に掴め(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




色んな所に霊は存在します。
人の霊も居れば、動物霊も居ますし、
自然霊も居るし本当に色々です。

そして、
その数は結構なものとなります。

ですが、その殆どが都合良く捉えられ
勝手な解釈の上で使われています。

恐くも無いのに怖いと思われたり
大したこと無いのに崇められていたり
明らかにその場に居るのに
まるで存在しない様に扱われたり。

視えないのを良い事に
笑ってしまう程に都合よく捉えています。

にも関わらず、
視てみたいとか視ようとしたりとか。
自分が苦しい時だけ、
そういう存在に肖ろうとしたりとか。

確実に言える事は、
そんな風にしていても霊は全く相手にしない
と、いう事です。

普段から失礼無礼な態度の人に
助け舟を率先して差し出す様な
間抜けな人は居ないのと同じで、

万物の想いや念を感じ取る存在が
そういった図々しい思考の人に
手を差し伸べる訳が無いのですね。




その手のタイプの人は現実を視ようとせずに
必ず幻想へ逃避します。
幻想は幻想でも自身に都合の良い幻想です。

ちょっと写真に光が差し込んだり
レンズの反射光が写り込んだだけなのに
霊か何かと思って質問をしてみたりする。

そこで理想とはかけ離れた事実を教えられると
決まって臍を曲げます。
こう言ったくだらない思考で
質問してくる人は想像以上に多いです。

本当に何かが映り込んでいるならば
分かる人はそのままを伝えるでしょう。

然しながら、何も映り込んでいないのに
事実を捻じ曲げて
話を合わせる様な落魄れた真似をする
分かる人は基本的には居ません。

自身の思い描いた幻想のままにしておきたいなら
余計な事をせずに大切に取っておけばいい。

若しくは、
どんな時でも自分の意見にイエスと言ってくれる
頭が悪くて狡賢い方々にでも
賛同してもらえばいいだけです。

こういった都合の良い幻想へ逃げ込んでも
現実は何一つ変わりはしません。
少なくとも好転する事は無いです。

本当の意味で霊に何かを求めるならば、
現実の中の存在を詳細に観察したり

現実の中での素行を意識して
人様に迷惑が掛からない様な動きをする方が
明らかに先決となります。

挨拶すら出来なかったり
人の厚意を無碍にしたり
礼節や恩義を軽んじている様な人には

悪さをする様な霊が近寄ってくる事はあっても
霊に何か導きを下してもらえる事など
まず在り得ませんからね。

現世に生きている以上、
まず重んじるべきは現実です。

その意味が分かれば、
貴方の視える世界は一変しますよ。

みんな大好き
神さん仏さんだって
霊と同じ
括りなんやで