今回は動き方について
お話をしたいと思います。
ここを読んでくれていると云う事は、
流されない様に流されない様にと
毎日毎日頑張っているのだと思います。
然しながら、人ってのは
結構簡単に流されるものです。
どんなに気を付けていても流されます。
寧ろ、
100%流されないという方が
不自然なのですね。
では、流されても良いのかというと
そういう意味ではありません。
自身の維持をしたいのであれば、
なるべく流されない方が善いです。
ですが、何の対策もしなければ
あっという間に流されてしまうので、
この流されないパーセンテージを
上げる努力をする事が大切です。
常々お話をしている通り、
流そうとしてくる相手は様々です。
「人のみならず」
「生き死にも問わず」
「肉体の有無も問わず」
「自他も問わず」
ここの理解を深めずに
目に見える存在のみで固定してしまうから
ひょいっと流されてしまうのです。
それと、知識の欠落や枯渇、
そこに伴う思考の停止や不活性です。
知識というのが足りていない状態や
思考をそもそも停止させていたり、
思考停止はせずとも
率先して使っていなかったりすると、
眼前の分かり易い事実にのみ縋ろうとします。
仮にそれが偽りや欺きだったとしても
いとも簡単に信じ込んでしまう。
このメカニズムは割と簡単でして、
早い話が選択肢が少な過ぎるのです。
知識不足かつ思考が追い付かないと
仮説を立てる事が困難となりますし、
立てれたとしてもその数も質も
陳腐なものや稚拙なものとなります。
簡単な内容の上に簡単な選択肢のみ
イエスノークイズみたいなものです。
あまりの知識不足が故に
楽に楽を重ねる内容しか思考出来ないので、
最小単位の選択肢しか作れず
おまけに先や後という点も
目先に毛の生えた程度でしか考えられない。
そうなると、そもそも普段から率先して
知識を集めようとせず、
剰え思考する事も怠けていれば
聴こえの良い言葉に縋ってしまうのは
必定とも言える流れなのですね。
自分を維持して運気を制御し
なるべくであれば善くしたいのであれば、
縷々様々な知識を率先して掴む事。
率先して思考をする事。
思考の方法を身に付ける事。
思考とは簡単に云えば
「時間と空間を使った予測や内観」です。
こうすればこうなる(未来→未来)
こうやったからこうなるかも(過去→未来)
こうやったからこうなった(過去→過去)
こうしてるからこうなるかも(現在→未来)
こうしてるからこうなったのかも(現在→過去)
この様に思考の中での時間軸は
三次元的ではなく多次元的に進みます。
一般性の過去→現在→未来ではないのです。
そこに空間が関与します。
空間というのは「場」ですから、
そこにはモノ等も入ります。
当然、人も含まれます。
僕らはこの複雑な演算を意識もせずに
日々行っているのですが、
意識をしないから数が乏しくなり
率先していないから
やり方すら分からなくなるのです。
故に楽をする選択を取る訳です。
言い換えれば、
自分が今何をすべきなのかを
今何をしているのかを
きちんと意識して動く事が出来れば、
少なくとも怠惰には陥らないですし
堕落の回廊を歩まずに済んで
貧乏神化を防止出来るのですね。
この一連の考え方や
考え方に繋がるきっかけを
僕みたいな存在が教えている訳です。
せっかくなら堕ちないでほしいですからね。
自らの脚で歩んで
自分の手で掴むのが
幸せなんやで



