2026年7月23日木曜日

数で速度を援護する(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




前にも話しましたが、
日常と云うのは
皆さんが想像している以上に
スピーディに動いているものです。

せかせかと動くという意味ではなくて

「常時即断即決を迫られている」

と、いう意味でのスピーディですね。

実のところ、ゆっくりと考えたり
判断や決断まで時間を割いたりするのは
大枠で考えている場合のみとなります。

例えば、運転などがそうで、
A地点からB地点へ向かうとします。
都合1時間の運転としましょう。

別に急いでいる訳でも無く、
時間にも余裕があります。
のんびりと行こうと誰もが思いますね。

然しながら、これは大枠での話。
一度乗車して運転するとなると、
運転中は即断即決のオンパレードです。

貴方が目的地へ向かって
のんびり行こうとするのとは裏腹に、

ハンドルを握れば視線は三点動作をしますね。
何か危険を察知すれば速度を落とします。
逆に速度を上げたりもします。

そういった際に、
のんびりは構えていられません。
常にその場その場で
即決しないといけないのです。

そんな即断即決が集まった結果として
目的地へ到着する訳です。

時間や意識はのんびりだとしても
やっている事は即断即決という最速の動き。
ここがポイントなのですね。




この視点で考えてみると
日常という実生活は即断即決の集合体です。

家庭内、職場、学校...
ありとあらゆる場面が即断即決で進みます。

けれど、大枠で考えたら
時間にゆとりがあったりするので

ゆっくりと動いている様に勘違いをしてしまう。

なので、意図的に感覚を使う時も
その実戦的な速度を意識しないと
日常の流れに反映されないので
意味の無い代物となってしまうのです。

実際にそうじゃないですか。
例えば、五感をフルに使うにしても
目を閉じて集中集中...

なんて、している暇など
日常のどこにもありゃしません。

あるとすれば、自分自身が
護られて保護されている様な
一部の空間と時間だけなのです。

レクチャーやセッションとか
何らかしらの勉強会とかね。

趣味で神社やパワースポットに
出向かれる人なども結構勘違いしています。

ああいう場で自分以外誰も居ないなら
別にのんびりとお目目を閉じて...と、
やっていても良いでしょうけど、

人気のスポットだったらどうします。
単に邪魔なだけですよ。
ほぼほぼ確実に恨みを買います。

そんなのはどう考えても現実的ではないです。
日常に則していないのですから、
使えていないのと同じなのですね。

感覚と云うのは、
あくまでも日常の中で実生活の中で
普通に使えてなんぼです。

その為には、得意な部分の1つの感覚だけで
一点突破を目指そうとするのは
あまりにも非合理的です。

わざわざ受容体として研ぎ澄ませる部分を
ニッチにしているのですから。

それであるならば、
あらゆる感覚の得手不得手を理解した上で
定説だけでなく逆説も利用して
受容体を出来る限り複数にした方が

スピードの補完が可能となります。
僕が日頃から

「あらゆる感覚を無駄にしたら駄目だよ」
「一つに拘ったら駄目だよ」
「増やしていかないと駄目だよ」

と、話しているのはこの為なのですね。
より実戦で使える感覚を
身に付けてほしいわけですよ。

得意な部分を
伸ばすと同時に
不得手な面も
何故に苦手なのかを
考えてみると
そこも受容体として
使えるんやで

2026年7月19日日曜日

切替後の姿勢(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います




様々なきっかけを無事に得る事が出来て
紆余曲折しながらも
今までの自分自身からの脱却を果たす。

そこまで到達するのは
道のりとして
非常に長いものです。

実際にそれを達成した時に、
まず訪れるのが安堵感です。

と、同時に自身の使命、
やるべき事を
ふと忘れてしまいがちになります。

何かと云うと、
これまでと「違う動き」をすることです。

誰にでも出来るものではない
脱却という進化を果たして
せっかく新たなフォームを手に入れても

動きや考え方が
従前の通りのままでいたのでは
何も意味がありません。




それまでの貴方というのは、
楽をメインとした
考え方と動き方をしていた訳です。

そんな自分がどうにもむず痒くて
あれやこれやと頑張った結果、
楽という池に溺れていて
俗欲に塗れていたのを

一生懸命に這い出してきた訳ですね。

となれば、
新たな動きをしなければ
いつでもまたこれまでと同じ様な

楽の誘惑に溺れてしまうのです。
そうなるのはもう嫌ですよね。

違う動きや考え方というのは、
新たなフォームを手に入れる段階で
実は既に教わっています。

それまでの貴方に欠けていたものを
意識して使っていくだけなのですよ。

人それぞれに欠落素因はありますが、
大抵の場合の共通項としては

素直さ、思い遣り、
何のため、誰のための言及と探求です。

こうやって話すと小難しく思えますが、
何も難しい話ではないのです。

但し、以前と比べると
遥かに苦しみは増します。

理由は簡単で、
それまでが究極に楽をしていたから。

本来、味わっていなければならなかった
苦しみをキャンセルしていたのですから
当然の流れなのですね。

けれども
やらねばならない
人からの想い
人への想いを
無碍にしない為にも
努力を続けるのが
使命なんやで

2026年7月14日火曜日

苦痛からの解放(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

お客さんからのお声を戴きましたので
ご紹介したいと思います。




先日、
知人の勧めで先生に悪霊祓いを
行っていただきました。

我が家では10年以上の間、
不快な音や悪臭が続いておりまして
ほとほと困り果てていました。

最初の頃は音と臭いだけでしたので、
工務店にリフォームをしてもらって
直るものだと思っていました。

実際に家は綺麗になったのですが
特に何の変化も起きず。

元々、霊的なものは
そこまで信じていませんでしたが、
あまりにもおかしいので

我が家でお世話になっているお寺さんに
お経をあげていただいたりしたのですが
信心深くないからなのか、
これといった効果が無く。

その後に知合い経由で
霊能者の方にも来ていただいて
横柄だし、あやしいなと思いつつも
凄い修行をされたらしいので

除霊?をしてもらったのですが
大袈裟だったわりには
何の変化もなかったです。
お金もすごく大袈裟で残念でした。

そうこうしている内に年数が経ち
すっかり諦めていたところ
先月、知人から先生を紹介されました。

これまでの経験もありますから
何も変わらないだろうし、
横柄だったら嫌だなとは思いつつも
話し半分のつもりで来ていただきました。

実際に先生にお会いしてみたら
とても物腰が柔らかい方で安心しました。




先生はご挨拶もほどほどに
早々に家の中を見渡して
淡々と何か霊に話しかけている感じでした。

優しく私達に話しかけて下さりながら
仰々しい儀式みたいな事をすることもなく
ただ何か話し掛けているだけなんですね。

そして、30分もしない内に
先生がお声を掛けて下さいました。

先生から終わりましたよと
教えていただくその少し前から
主人と顔を見合わせていたのですが、
悪臭がしなくなっていたんです。

その後、今何をしたのかというのと
私達がこれから気を付けていかなくては
いけない点などを先生はすごく丁寧に
わかりやすく教えて下さいました。

悪霊祓いよりも解説の方が
ずっと長かったのですが、

お話が面白かったのと
心から納得することが出来たので
全然苦ではなかったです。

怪音の方もその日の夜から消えて
なんと言いますか、これまでの不快さが
まるで夢だったかの様な変わりようで
嬉しい以外の言葉が出て来ませんでした。

先生はとても気さくでお人柄も素敵で
お話はすごくためになりました。
我が家はすっかり先生のファンです。
本当にありがとうございました。

Mさん
ご感想ありがとう
ございました。
お話をした点に
気を付けて
過ごすんやで^^