2026年7月11日土曜日

いつも話しているのは予防策(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




力の源を考えた事がありますか。
自身が動いたり考えたりする為の
根源となる部分の事です。

使命感や義務感、危機感など
縷々様々なものがあるのですが、

結局のところ掘り下げていくと
想念に辿り着きます。
想いと念の事ですね。

プラスに起因する部分の思考や動きは
想いが要因となり、
マイナスに起因する部分の思考や動きは
念が要因となります。

この時に意識の方向も一緒に考えるのが
大切になってきます。

何故かと云うと、
特に想いは「相手との双方向」が
基本となるためです。

にも拘らず、
その原理原則を破ってしまって
念を想いと誤認する事が多いからですね。

意識の方向が周りへと向いているのか
それとも自身へと向いているのか

外側なのか内側なのか
これをセットで考える事が重要です。
いつもお話をしている
「何のために」「誰のために」です。

念を基礎として使う力の場合は、
双方向である意味がありません。
自身から相手への一方通行です。

その代表的なものが「恨み」ですね。
それを意図的に濃縮して使うと
「呪い」となります。




だいぶ前にも一度お話をしましたが、
本当の呪いと云うのは
さして難しいものではないです。

大なり小なり発動させるメカニズムは
単純極まりないものです。

但し、その根源にはあるものを利用します。
何かと云うと、「思い遣り」等の想いです。

念を源とした力を使うという事は、
意識の方向が内側へと向きます。
この時に、想いを軸としている部分の代物が
1つ1つ失われていきます。

その代表格が「思い遣り」や「優しさ」です。

思い遣りや優しさは自身の中に蓄積されています。
これらを消費する事で、念に属する力を使います。

この恐ろしいところは、
一度失った想いというのを再度手にする事が
非常に難しいという点になります。

何故なら、想いを失うという事は
周りからの信を失うという事だからです。

それを再構築させる為には、
ゼロスタートどころかマイナススタートで
リスポーンしないといけません。

つまり、何もかもが無い状態で
今の俗欲と過去の俗欲に打ち勝ちながら
やり直さないといけないという意味なのですね。

この苦痛は想像を絶するものなので、
大抵の場合は途中で楽を求めて堕落します。

それまで楽をしまくってきた感覚も
残っていてそこに在るのですから
その誘惑にずっと苛まれ続ける事でもあります。

念の力はあんまし
使わん方が
ええんやで

2026年7月10日金曜日

経験の濃い失敗を好こう(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




誰にでも嬉しい事というのがあります。
その中の一つに「成果」があります。

何かをやり遂げた形
と、いう意味の言葉ですが、

ここには最終結果だけでなく
途上段階に於ける
中間的な結果も含まれます。

どうしても、
最終的な結果を皆さん追い求めガチですが、
スピリチュアル的な物事のみならず
そればかりを考えてしまうと

途中にある重要な内容を
気付かないで通り過ぎてしまう様な事に
繋がってしまいます。

答えも大切ですが、
その答えを導き出すための計算式は
もっと重要です。

単に答えが合っていれば
それだけで善いなんて事は
世の中では意外と少ないものなのです。

出した答えよりも
それまでの考え方の方に目を向ける。

答えだけを見詰める様になってしまうと、
それが一体どんな経緯で
どういう流れに沿ってどんな考え方で
導き出されたものなのか

省みる事すらやらなくなってしまいます。




競争心に駆られて手早い成功に拘るあまり、
途中の段階を疎かにするのは
次へ繋がる最善策をまるで考えない
というのと同じ話です。

先に繋げるという事は、
過去の失敗を受入れてその失敗から学び
対策を練るという事です。

但し、それは「成功」に固執していては
狙いどころが変わってしまうので、
当初目的からは大きく掛け離れてしまいます。

たった1つの成功よりも
100の失敗の方がその分の経験を
積む事が出来るのですから価値は大きいです。

ここでの経験の一つ一つこそが
「成果」に外なりません。

合っている合っていないだけでの
判断材料のみでは
失敗はゴミ同然の扱いを受けるだけで

何が原因で失敗したのか考察すらせずに
また次への歩を進めてしまいます。
それは更なる失敗を産む要因となって
降り掛かってきます。

その失敗は反省も無しに繰り返すと
失敗自体のサイズも肥大化していき
周りへの負の影響力ままた増大していきます。

小さい幸せが寄せ集まって大きい幸せへと
変化していく流れと同じで、

集まっていくのは「念」ですから、
それ相応の恨みを蓄積していく話となります。
必然的に嬉しい事とは
掛け離れた結果となってしまうのです。

失敗はゴミではなく、
要素の足りていないだけであって
悔しかったり哀しかったりするけれども、
形を変えた「成果の一つ」なのですね。

大きい答えばかりを求めていては
成果が手元に遣ってくる事はありません。
そこをよく考えて日頃から動きを
意識していく事が重要です。

変な拘りを持って
思考回路を
偏らせても
善い結果なんぞ
生まれては
来ないんやで