今回は動き方について
お話をしたいと思います。
意識の方向が内側へと偏ってしまって
自分本位が強くなってしまうと
人のやる事が認められなくなったり
融通が利かないですとか、
相手の自由を奪ったり束縛をしたり
「寛容性」や「柔軟性」というものから
須らく遠退いてしまう様になります。
何をするにしても
自分第一で思考する訳ですから
「承認欲求」や「独占欲」が
非常に強まっていくのですね。
そして、それら俗欲を自分以外へと放出する。
この手のタイプの人は、
表面上のみでの優しさには特化しています。
単に綺麗な言葉を使うですとか
物腰的に柔らかいですとか、
叱る事の少なさですね。
所謂、綺麗事を多用します。
相手のためを考えるのであるならば、
褒める事も必要ですが
時には叱る事も必須となってきます。
ですが、怒ることはあっても、
叱るという点がほぼゼロなのですね。
前述した通り、
表面上でのやり取りに特化しているので
褒める事は得意です。
但し、本当に表面上での口車となります。
また、叱る事が少ないのは
自分自身が正攻法で動きたくないからです。
叱るということは、
相手を「正す」という事に繋がります。
相手を正したらどうなりますか。
当然ですが、まともになりますよね。
そうなった際に、自身にとって都合の良い事が
通らなくなる可能性があります。
つまるところ、我儘が言えなくなるのです。
正されちゃいますからね。
なので、叱る事はしない。
その代わりに「怒る」のです。
意外なことですが、ずっと以前にも話した通り
叱ると怒るの違いを知らない人ですとか、
分かっていない人や混同している人が多いです。
考えてみればすぐに分かることなのですが、
考えもしていないから
バカみたいに怒りの感情をぶつけているだけの
「怒り」を「叱り」だと履き違えてしまう。
そういうタイプの人ですと、
ここで問題視している自分本位な人にとっては
カモとしか言いようのない状態となります。
束縛をする為に怒りをぶつける訳で、
それを甘んじて受け入れるのですからね。
誤解をしないでほしいのですが、
怒りそのものが悪いのではありません。
それを緊縛目的で使うことが悪なのです。
こうやってお話をしていると、
職場などの人間関係のことや
夫婦やパートナーなどの関係性が
頭を過るのではないかと思いますが、
これは子供に対する姿勢でも同じですからね。
親から見た子供、ジジイやババアから見た孫。
ちゃんと人として視ているならば、
この意味がよく分かる筈です。
怒り散らかしは
誰のためなんや
自分が楽したい
思う通りにしたい
どっちもクズの
思考やで














