2026年6月1日月曜日

自分に負ける(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




何か苦境に陥った際にその苦境から
脱したいと考え人は動きます。

つまり、答えを出したいという事ですね。

その時というのは、
自分との戦いとも云えるべき状態なので
相当必死にならないと
状況の打破というのは難しくなります。

ここで云う状況の打破とは、
必ずしもその状況に於いての好転とは
限らない物を意味します。

例えば、
失敗しそうな事が成功に繋がったとか
そういうものだけではなくて、

失敗しそうでそのまま失敗してしまった。

と、いうのも状況の打破です。

その状況から変わっていますからね、
打破です。

その状況を脱する事による
本質的な意味での答えというのは、
打破した先に出てくるものですから

打破後の動きが
本当に重要なものとなります。

その動きをする時というのが
自分との戦いとなります。

この勝負に勝つか負けるかで
その先の選択肢が変わってきます。
と、云いますか
「道筋」が変わる感じです。

自分との戦いというのは、
一言で表わすならば

「楽を取るか否か」

であると云えます。

自分に勝つというのは、
自分の中の「楽になりたい」という俗欲に
打ち勝つという事です。

その逆で
自分に負けるというのは
「楽になりたい」という俗欲に
流されるという事となります。




ここで、楽を取るか取らないかで
その先での自身の動き方に
制限が付加されます。

自由度が減るという意味です。

また、自身の中での世界が狭い場合でも
楽を取ることが多くなります。

自身の中の世界というのは
自分に於ける現実です。
自分の身の回りのみが現実という状態が
狭い世界となります。

子供の時を思い出してみて下さい。
学校と家の往復が基本でしたよね。
地球は広い世界は広いと分かっていても
貴方の世界はかなり限定的だった筈です。

これが「狭い世界」です。

子供と違って責任を持っているのが大人です。
大人でこの状態のままですと、
現実が極端に小さい訳ですから

自身の選択する方法や思考なども
かなり限定的になっていくので
自然と思考停止へ繋がる流れとなります。

その渦の中で考えは悩みへと変わります。
悩むと更に思考停止して逃避へと変わります。
何を選んだら良いのかが分からなくなるからです。

そして、信頼の置ける人物に聞くのではなく
何処の馬の骨かも分からないネット情報や
今ですとAIに頼り過ぎる様になっていく。

結果として、
間違った選択肢や自身に都合の良い選択を
踏む事になるので、自分に負ける事になるのです。

一度負けたら終わりという訳ではないですが、
その後の歩みは確実に限定的となっていきます。
故に、その先も楽を取る事が常態化していく。

幸せや愉しみ、想いや思い遣りとは
遠く懸け離れた人生となっていくという意味です。

色々と知って
勇気を持って
世界を大きくする
その努力が
必要なんやで

2026年5月30日土曜日

渇望するが故の(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




想いや思い遣りというのは
自分のみで確認ができる代物ではありません。

何故かと云うと、
相手が存在する事と
相手へ向けてのものだという事と、
相手共感して初めて成り立つものだからです。

また、「想い」は相手の受取り方次第で
どうとでもその内容が変わってしまいます。

自身が善しとする事であったとしても
それは貴方自身にとっての事であって
相手も同じとは限らないからですね。

この点をしっかり理解をすると
無闇矢鱈と「想いを...」などと云う台詞を
吐く様な真似はしませんし、

口にする事自体を忘れます。

例えば、
教える側の存在が
純粋に教える事を目的として
「想い」という台詞を言う場合はあります。

言わないと分かりませんからね。

それともう一つは、
お互いがお互いの想いを理解し合っていて、
その価値観を高度に共感している場合です。

これらの事例以外で口にしている場合は
基本的に想いというのを
理解していないから発しているか、

それっぽい言葉を吐き出して
何か不埒な事を画策しているか、

このどちらかとなります。
なので、
人を視る時の一つの指標となるのですね。




想いで相手に接して、それを想いとして
受け止めてもらえた場合の行為のことを

「思い遣り」と、云います。

同じ事をしても相手が想いとして
受取らなかった若しくは
受け止められなかった時は、

思い遣りとしては不成立となります。
下手をすると念に変わります。

例に出すと、
「余計なお世話」というのが分かり易いですね。

そのくらい、本来のスピリチュアルでは
思い遣りと云うのはハードルが高い代物です。
意図的に確立させようとして
出来る様なものではないという事なのですね。

それを理解した上で、
決して蓄縮せずに積極的に自身から
行動する事が出来るか否かが重要となります。

そこで失敗を恐れてしまい
己の中の完璧主義を壊す事が出来ないでいると
思い遣りどころか想いを喪失して
全ては「念」へと帰依するようになります。

その成れの果てが「貧乏神」という事になります。

これを防止する為、日頃から
「何のためなのか」「誰のためなのか」を意識して
行動する事が大切になってくるのです。

意識が自身の
内側へと向き過ぎると
念が増していき
想いを渇望するので
「想い」
という台詞を
多用するんやで