今回は動き方について
お話をしたいと思います。
「正直者が馬鹿を見る」
と、いう言葉があります。
個人的には非常に好まない言葉なのですが、
世の中的を描写するという意味では
これほどピッタリな言葉は
無いのではないかと僕は考えています。
学校や職場、または知人友人や
家族間や親族間などの対人関係などで
この言葉がマッチする場面は多々ありますよね。
ここで、正直者は何ら問題無く善い方で
そうでないズルい奴が何もかも悪いのだと
言い切ってしまう人も居ると思いますが、
それは少々間違っています。
正直だから何ら過失無く善いのかというと
そういう事ではないのです。
正直に進ませたいのであれば、
ありとあらゆる知識や情報を余すことなく
取り入れる努力をしなくてはいけません。
そういった努力をせずに
単に正直に突き進むというのは、
武器を揃えている敵陣へ丸腰で突っ込むのと
同義とも云える様な愚行です。
ズルい相手というのは、
どんな立ち位置であろうとも「楽」をして
自分の事を善く魅せたいという存在なのですから
そこに立ち向かうには知識を以て
理論武装し相対するよりほか打つ手がないのですね。
そういう努力をせずにへこたれたりしていても
何も解決などする事はありません。
この知識と云う武装の中には、
「相手の特徴を見極める」というものも入ります。
一体、どういった思考回路なのか。
何が目的なのか。何をしたいのか。
そういった特徴は言うなれば攻略のヒントです。
また、このヒントは必ず表に出ています。
隠す事が至難の業なのですね。
特にズルい相手というのは、
自己顕示欲と承認欲求に酔いしれていますから
フィクションに出てくる様なスーパーヴィランは
まぁ居ないと思った方が良いです。
つまり、「バカ」ということです。
そして、ズルい相手というのは、
「絶対安全圏」からでないと攻撃してきません。
ここで云う絶対安全圏というのは、
ズルい相手が「得意とすること」や
「反論をされない場所」や
「立場や地位を振りかざせる場所」という領域を指します。
それは暴力かも知れないし、暴言かも知れないし、
意地悪かも知れないし、職場かも知れないし、
家の中かも知れないし、教室や学校の中かも知れないし、
スクールカーストかも知れないし、役職かも知れない。
ネットの中でのみという場合すらありますし、
これらのハイブリットだったり混合だったりと
様々な領域が相手の絶対安全圏なのですね。
こうして書くと絶望的な感じがしてきますが、
実は結構狭いものなのです。
相手が多人数に膨れ上がる事もままありますが、
それはあくまで一時的な共感や強要によるものなので
時間経過や立場の欠損と共に瓦解していきます。
要は、「繋がりが脆い」という意味です。
これら絶対安全圏を相手は隠そうとしませんから、
どの範疇でどの範囲なのかは見て直ぐに分かります。
それであるならば、その土俵に乗らなければ良い。
同じ土俵で馬鹿正直に戦おうとするからバカを見るのです。
どうせやり合うならば、自分の土俵に乗ってもらう。
相手からすればアウェー戦です。
そうなる様に誘導をしてあげるのです。
考える事をほぼほぼ放棄している様な方々なので、
楽が出来るのであれば自ら誘いに乗ってきます。
バカとはそういう存在ですからね。
いじめや各種ハラスメントといった
コンプライアンス違反をしてくる相手と対峙するならば
こういった知識が絶対条件として必要なの。
こういう事も考えずに、
「正直者が...」などと云ってたり
自ら手を尽くさずに他人へ助けを請ったところで
今度はそこで良い様にされるだけですからね。
「よく視て」「よく聴いて」「よく考える」
実戦で培った基本的な動作と思考の三原則は
何よりも効果を発揮しますよ。
本来のスピリチュアルは現実の中でこそ活かすもの。
それを忘れずに普段より不断の努力を積む事が
正直者がバカを見ないで済む第一歩ですからね。
夢物語的な
理想論ではなく
傷付きながらも
実戦の中で
得たものは
裏切らないんやで














