今回は動き方について
お話をしたいと思います。
いつも色々と教えていると
その人の性格は基より
その根っこにある大元の思考が
浮き彫りになって視えてきます。
その一つが素直さなのですが、
これは本当に人それぞれ違いまして
素直さ度が高い人も居れば
残念でしたという様な人も居ます。
素直さ度の高低によって
何が変わってくるのかというと
動き方そのものが変わってくるのですね。
その一つが
反復反芻(はんぷくはんすう)。
何度も意味を噛み締めて考えて
その理解度を増して活かす。
と、いう意味の言葉であり動き方です。
素直さ度が高いとこの動きを
自然と行えるものなのですが、
逆に低いとこの頻度が下がります。
何故かと云うと、
その場その場での解釈に固執するからです。
もっと言うならば、
相手の教えたい内容よりも
自身の中の勝手な解釈が優先されるからです。
何につけてもカテゴライズするとか
枠組みを決めないと動けないのが
素直さ度の低さの特徴で、
連続した繋がりの思考というのが
非常に苦手なのですね。
例えば、
今日はこれについて教えます。
明日はこれについて教えます。
話の内容は違いますけど、
全て繋がっているお話です。
学校のお勉強もこういう流れで細分化させて
教わったり教えたりすると思いますが、
その目的は後日必ず繋がりますよね。
足し算と引き算を覚えるから
掛け算と割り算を覚えられるし、
その先の分数や百分率や方程式などに繋がる。
何ら難しくないお話ですし、
細分化した部分については理解が出来る。
けれども、あくまで細分化した部分で
ピリオドを打たないと理解が及ばないので、
全てが繋がっているのだという
考え自体が浮かんでこない。
これが素直さ度の低い人の特徴なのです。
結果、その場凌ぎに偏る様になります。
教わった瞬間に理解した気になってしまい、
復習という概念が生まれない。
仮に復習をしたとしても
全体の繋がりが理解出来ないので
得意な部分や好きな部分のみに偏ってしまう。
そして、それすらも続かないので、
三日坊主となり記憶から消えていく。
学校での学習であればテストという形で
その目的が維持出来ますからまだ良いですが、
世間に出てからの学習つまり
人間関係や社会生活となると
テストなんて有りもしないですから、
とことんにまで何もしなくなっていく。
本来必要不可欠な反復反芻という動きを
全くと言って良い程やらなくなるのですね。
早い話が我儘になっていくのです。
ただそこで生きているだけの存在となる。
眼の前に自分が興味を持てる餌があれば
なんとか動けるので、
人の指示や命令を待つようになり
自己意思は好き嫌いを選択する為だけの
超簡略化されたもののみとなっていく。
これが素直さ度の低い人が辿る道です。
畜生と化した人生はつまらないですから、
満足度を得る為に好きなものだけを
欲する様になっていく(餓鬼)。
こうしてどんどんと俗欲中心に動くので
自分本位が自身の中に溢れ続けていき、
果ては貧乏神へと堕ちるのですね。
さて、貴方は今どんな状態でしょうか。
簡単ではない
どんな物事でも
それは同じなんやで



