2024年8月21日水曜日

愉しむ(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、考え方について
お話をしたいと思います。





瞬間瞬間を愉しむとか
人として愉しむとか
常に全力で愉しむとか

と、
事ある毎にあにきは話していますが、
どうして「楽」ではなくて
「愉」を使っているのかと
思われた方も居ると思います。

これは、想いに起因しています。

人が何かを行って気持ちが高揚した時に
嬉しさや楽しさと言った
感情が心内に芽生えますが、

その時に、想いはどうでしょうか
という部分なのですね。





例えば、
子供の頃、無邪気に遊んでいて
デカい蟻の巣を見付けたとします。

男の子あるあるですが、
水没させたり掘って破壊してみたり
色々やります。

ウキウキして楽しいです。

同様に、
昆虫やザリガニをケースに入れて
飼って観察する事もします。

色々発見出来て楽しいです。
捕まえて満足して後は親御さん管理
というケースの方が多いでしょうけどw
ここでは例え話なのでそれは割愛。

さて、
ここで注視するべきは、
何を基準として満たしているか
という点です。

水没破壊の場合は、単純な欲です。
破壊願望という名の欲ですね。
支配欲とも言えるかも知れません。

この行為そのものは悪ではないです。
ただ、欲に忠実というのは宜しくも無いので、
その後に大人が諭す必要はありますね。

なので、この場合は想いよりも
欲が起因となっているので
「楽しむ」となります。





飼って観察の場合は、
殺すのではなく活かして観る事になります。

興味という欲が出だしとはなりますが、
活かして観るという点が
飼っている存在に対して
愛着を沸かせていきます。

つまり、想いが発生増幅します。

その想いの力の中で、
心を諭していく様になります。
それが故に楽しいという事になるので、

この場合は「愉しむ」となります。

ちょっと分かり難かったかも知れませんが、
人は楽しむ感情が生まれる時に
意外と心を意識しないものなのですね。

詰まる所、想いです。
想いが有っても無くても「楽」という
一括りで済ませてしまう。

そこを敢えて掘り下げて
「楽」という点を因数分解した時に
想いのありかが視えてきます。

想いのある「楽」と無い「楽」では
実は全くの別物であって
自身や周りに与える影響力も
全く違うものとなる事が覗えます。

ですから、どうせなら
想いが載っていた方が善きじゃん。
善きに決まってるじゃん。

それに学びも得るものも多いです。
という経緯から
想いを以て心を諭すという
「愉」を使っている訳です。

日頃色んな愉しみがありますが、
皆さんも想いをいざ意識すると

視聴きする世界も人や子供に対する
接し方も諭し方も変わってきますよ。