皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は、考え方について
お話をしたいと思います。
瞬間瞬間を愉しむとか
人として愉しむとか
常に全力で愉しむとか
と、
事ある毎にあにきは話していますが、
どうして「楽」ではなくて
「愉」を使っているのかと
思われた方も居ると思います。
これは、想いに起因しています。
人が何かを行って気持ちが高揚した時に
嬉しさや楽しさと言った
感情が心内に芽生えますが、
その時に、想いはどうでしょうか
という部分なのですね。
例えば、
子供の頃、無邪気に遊んでいて
デカい蟻の巣を見付けたとします。
男の子あるあるですが、
水没させたり掘って破壊してみたり
色々やります。
ウキウキして楽しいです。
同様に、
昆虫やザリガニをケースに入れて
飼って観察する事もします。
色々発見出来て楽しいです。
捕まえて満足して後は親御さん管理
というケースの方が多いでしょうけどw
ここでは例え話なのでそれは割愛。
さて、
ここで注視するべきは、
何を基準として満たしているか
という点です。
水没破壊の場合は、単純な欲です。
破壊願望という名の欲ですね。
支配欲とも言えるかも知れません。
この行為そのものは悪ではないです。
ただ、欲に忠実というのは宜しくも無いので、
その後に大人が諭す必要はありますね。
なので、この場合は想いよりも
欲が起因となっているので
「楽しむ」となります。
飼って観察の場合は、
殺すのではなく活かして観る事になります。
興味という欲が出だしとはなりますが、
活かして観るという点が
飼っている存在に対して
愛着を沸かせていきます。
つまり、想いが発生増幅します。
その想いの力の中で、
心を諭していく様になります。
それが故に楽しいという事になるので、
この場合は「愉しむ」となります。
ちょっと分かり難かったかも知れませんが、
人は楽しむ感情が生まれる時に
意外と心を意識しないものなのですね。
詰まる所、想いです。
想いが有っても無くても「楽」という
一括りで済ませてしまう。
そこを敢えて掘り下げて
「楽」という点を因数分解した時に
想いのありかが視えてきます。
想いのある「楽」と無い「楽」では
実は全くの別物であって
自身や周りに与える影響力も
全く違うものとなる事が覗えます。
ですから、どうせなら
想いが載っていた方が善きじゃん。
善きに決まってるじゃん。
それに学びも得るものも多いです。
という経緯から
想いを以て心を諭すという
「愉」を使っている訳です。
日頃色んな愉しみがありますが、
皆さんも想いをいざ意識すると
視聴きする世界も人や子供に対する
接し方も諭し方も変わってきますよ。
皆さんこんにちは!
あにきです(*´ω`*)
さて、お子さんやお孫さんが突然に
「お化けが視える...」と言ってきたら、
あなたはどうしますか?
そういう時があったら、
頭ごなしに否定をしないで
まずは話を聞いてあげてほしいです。
例え自分が見えなくても、
スピリチュアルや心霊に興味がなくても
それを信じていなくても、
問答無用な否定だけは
避けてほしいと僕は思っています。
その上で、冷静に子供の話を聞いてほしいです。
「どういう風に視えるの?」
「いつ視えるの?」
「どこで視たの?」
という感じで、あくまでも冷静にね。
場面によっては、ひょっとしたら、
悪いことをしたから怒られたくなくて
作り話をしているのかも知れない...と、
あなたが判断したとしても、
決して否定はしないでほしいです。
なぜか?
あなたが視えるのであれば別ですが、
普通は証明が出来ないからですよ。
だから、もしそういう場面に出くわしたとしても
肯定した上で、
「悪いことは悪いんだよ」
「こういう時は謝らないとね」
と、諭してくれると嬉しいです。
また、上のような状況でない場合でも、
必要以上な言及は、ちょっと危なっかしいです。
「こんな時は?」
「んじゃ、こういう時は?」
「それじゃ、こうなったら?」
不思議だから色々聴きたいけど、
気が付いたら揚げ足を取っているのと
同じ状況になりかねないんですね。
なんでか?
子供はただ視えるだけで、
それ以上の事を説明なんて出来ないから
あやふやな答えになっていくんですよ。
(大人だとしても素人さんには難しい…)
それをずっと聞いていると、
気が付いたら猜疑心が生まれてくる。
そういう気持ちが何かの弾みで
子供に対してポロッと出ると、
思ってる以上に傷付くものなんですよ。
(大人でも結構傷付くかな^^;)
それと、必要以上に褒めるってのも
こういう場合はグッと堪えた方が
良いかも知れません。
「すごいねーーー!!!!」
みたいなやつね。
どうしてなのか?
子供ってさ、褒められると嬉しいから
調子に乗っちゃい易いでしょ?
そうなると、何処でも誰にでも
自慢をしたくなるものです。
もし、友達に話をしたら?
たぶん、お友達は自分の事の様に喜んで、
すごいすごいと沸き立つでしょうね。
それで、お友達は家に帰って
親御さんにも話す。
そこでもし、その親御さんが
完全否定論者だったら?
負けず嫌いな性格だったら?
お子さんの事を
「あの子は嘘つきだからもう話したらダメ!」
と、お友達に念押しするかも知れない。
次の日からお友達の態度が
掌を返した様になるかも知れない。
それどころか子供同士を飛び越えて、
むしろ大人から直接攻撃をされるかも知れない。
そういう可能性が大いにあるからです。
避けれるものは避けてあげたいし、
子供のことはどこまでも護ってあげたい!
だからこそ、ニュートラルに接してあげて、
家族だけの秘密(*´ω`*)
くらいのラフさに留めてあげてほしいです。
どうしてこういう事を書いたかと言うと、
僕は人の醜さってのを
その身を持って知っているから。
あり得ない事が起きるのを知っているから。
子供の時分の孤独ってのが想像以上に
キツいのを知っているから。
よくね「子供は残酷だ...」って言うけれど、
それ以上に大人は残酷なんだよ?
例え子供相手だとしても、
平気でレッテルも貼るし、
堂々と口撃だってする。
場合によっちゃ手だって挙げるし、
いじめの原因だって作りますよ。
何処にでも居る普通のお母さん
普通のお父さん、
普通のおじさん、
普通のおばさん達が堂々とやってのける。
もちろん、
皆がみんなそうだとは思わないし、
今は理解がある人が
増えていると願いたい。
でもね、僕はそんな中で
生きてきたからこそ、
そういう子供の気持ちも分かるし、
人の心の変わり方がよく分かるから、
慎重になってほしいと思うんです。
僕みたいな経験なんて
絶対にしてほしくないもの...
僕としては仮にそれが、
未然形や現在進行形なら理解者として
子供も親御さんも護りたいし、
お手伝いできるものならそうしたい。
既に過去形であるならば、
やはり理解者として経験者として
傷付いているなら心のケアと
お手伝いに勤めたい。
大袈裟かも知れないけど、
この仕事をやる上で
僕の譲れない心構えの一つだから、
改めて今回書いてみました。
もし、このような事でお悩みなら
お子さんでも親御さんでも
お気軽にご連絡下さい。