今回は考え方について
お話をしたいと思います。
本来のスピリチュアルに於いて
とても重要になってくるのが
「ニュートラル」
と、いう考え方です。
中間に位置する場から
客観的に物事や事象を見極め判断する。
好き嫌いなどの偏った見方ではなく
その時に必要なものを冷静にチョイスする。
単なる善いとこ取りだと
考えられてしまいそうですが、
意味は全く異なります。
ニュートラルとは、
あくまでも「立ち位置」の話なのです。
どちらか一方へ偏らせるのは簡単です。
好みで決めれば良い話ですからね。
それが故に、
対面への否定感や拒否感が生じます。
その拒否感を正当化させる為の動きや
思考が主となっていくので、
自ずと偏りは増していきます。
そして、行き着くのが「完璧主義」です。
現世で我々が生きていく以上、
偏りや隔たりというのは避けられません。
それ自体は悪でもありません。
自身の意見や心情を万人万物へ
まともに伝える事すら叶わないのですし、
成長や進化という過程に於いて
隔たりも偏りもある種では必須となります。
そこで争いが生じますが、
融和というのは、
これらがあるから存在するものですし、
理解を成せるものなのです。
しかし、その途中過程に於いて
極端な偏りや隔たりを掲げたり、
立場の保持を主な目的としてしまう事があります。
これが「完璧主義」です。
片側に極端に寄せてしまって、
対面を思考する事が出来ない状態。
相反する思考は敵となり
矛盾を悪と断ずる考え方。
こうして話すと何となく視えると思いますが、
自分本位と同じですよね。
独りよがりを拗らせて、
思考的視野狭窄へと陥るがあまり
自身の世界を徒に狭くしてしまう。
結果として、
「受け容れ」も「受け止め」も出来ずに
心身共に惨めな状態へと堕ちてしまうのです。
この状態を回避して、その先へ進む為の
考え方が「ニュートラル」です。
立場や思想に極端な固執をせずに
中間ではなく「中空」より視線を拡げ
対局ではなく「大局」を視る。
優しさと厳しさの同居を理解し、
矛盾という名の選択の自由を行使する。
自身の考えを芯に捉えつつも
他者の考えは自身には思い付きもしなかった
「宝物」だという思考を創る。
相手との遣り取りは
意思の押し付け合いではなく
意志の受け容れ合いであり
心情の受け止め合いであるという捉え方。
その中での係争は一過程に過ぎないので、
それが目的ではなくあくまで手段という認識。
故に、相互意思の齟齬は必然であり、
ご都合主義の完全融和などは存在せず、
相手を好みで選ぶのではなく
互いの違いを認め合う「間接融和」を信条とする。
ほんの一部に過ぎませんが、
これらが本来のスピリチュアルに於ける
基本概念であり、ニュートラルという考え方です。
現世でありながら
向こうの世界の理を実践する。
辛く苦しいですが、そこを見詰めて
活かし生きる。
文字で読むと面倒臭そうですが、
やってみるともっと面倒臭いですw。
ですけどね、価値はありますよ。
気軽に出来て
辞めるのも自由
ってか、
言われてやる様な
もんでもないんやで


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