2025年9月7日日曜日

苦を触媒とする(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




自分の事を

「善くしたい」とか
「酷くなりたくない」と、考えつつ

皆さんは毎日の行動に
勤しまれているのではないかと思います。

全然それで結構なのですが、
その際に忘れてはならない事があります。

「貴方は周りの存在に護られている」

と、いう事実です。

貴方が何かしらの行動をする時は
誰かしらに助けられています。

人は当然の事ですが、
人に限らず動植物を始めとした他の生物や
液体・固体・気体を始めとした物質。
そして、霊体に至るまで

常に数々の存在に助けられ
護られているのが貴方です。

と、同時に貴方自身が周りの存在を
助けてもいるし護ってもいる。

そういったお互い様の関係で
成り立っているのが
平穏な貴方の毎日です。




然しながら、
もし、貴方がこれを理解が出来ずに

「自分がしてやってる」
「自分が一番だから」

などと思考して動いていたとしたら
どうでしょうか。

そんな考えの貴方には
誰も付いて来なくなりますし
徐々に助けも減っていき
護ってもらえる事も減少します。

何故かと言うと、
貴方が「敵を作っているだけ」だからです。

自分本位という思考を基にした行動は
一にも二にも己優先となるので、
「他は蹴落とす」前提です。

これが会社等の組織内に居ようが
家庭内や親族内での事だろうが
どこであろうと同じ結末となります。

もし、会社内でこういう思考の貴方に
誰かが付いてきていたとしても、
それは「貴方に」ではなくて

「貴方以外の何かを目当てにして」

付随しているだけに過ぎません。
貴方と居て得られる「貴方以外の物」です。

つまり、貴方が困ったとしても
助けは期待出来ませんし、
これが好機と言わんばかりの勢いで
逆に蹴落とされます。

貴方はずっとその恐怖に怯えつつ
陳腐な自尊心と張りぼての面子を
維持させるために更に当りを強くさせます。

まさに悪循環です。
これが自分本位の流れであり
念基軸を主とした貧乏神の生き方です。




こうやって観ると虚しいものですよね。
どこまでも得られるものはなく、
その手から離れていくものばかりです。

こうなってしまわない様に、
想いを大切にする必要が出てきます。

自分自分と自己優位性に溺れると
四面楚歌となってしまうので
自分は後回しという「奉仕の精神」が
必要となってくるのです。

奉仕と言うと「身を呈する」ですとか、
何か仰々しさの様なものを
想像されると思いますが、

本来のスピリチュアルでの
奉仕の精神はそういった
投身的な意味合いではなくて、

「相手を優先させる」

と、いう純粋な"思い遣り"です。

但し、誰にでも対象にしましょうとは
言っていません。
万人に対して奉仕の精神を実行出来る程
現世はクリーンではないですからね。

だからこそ、想い基軸と念基軸を知って
貧乏神を見極める事が重要となるのです。

正直者が馬鹿を見るのは
誰でも彼でも見境なく同様に相手をし
平等という幻想に惹かれ過ぎて
楽に溺れてしまうからです。

そうではなくて、しっかりと現実を理解して
楽に溺れず苦を触媒として生を得る為の

「正直者が馬鹿を見極める」が正解です。

世の中には一定数の救えない存在が居ます。
それが前述した
自分本位思考の人であり、貧乏神です。

理想を追い駆けたいのであれば、
こういった現実を知らないといけませんよ。

貴方が現実逃避して
理想や幻想に
希望を求める時
貴方の周りの存在は
確実に去っていく
ものなんやで