今回は動き方について
お話をしたいと思います。
愉しみを愉しみとして
理解する事が出来る歓びというのは
誰もが味わう事が出来て
誰でも味わえるものではないのです。
「愉しむ」という権利そのものは
皆最初から持っています。
けれども、
「愉しみ」自体を取得するのは
貴方の努力次第なのですね。
目標や目的を定めて
そこへ向かって努力する。
その渦中に色々とある訳なのですが、
俗欲へと溺れてしまえば
手段が目的となってしまいますし、
努力を怠って他人任せや
他力本願に陥れば
やはり得られるものは乏しくなります。
愉しみを得るというのは
目的ではなくて
あくまでも「通過点」に過ぎません。
「副産物」と言っても善いです。
何かに向かって努力をしていく中で
俗欲などの「念」ではなくて
相手や人に対する「想い」という
触媒を使って自身を突き動かし
業を全うさせる。
その結果として、
得る事が出来るのが「愉しみ」です。
自分の独りよがりや
勝手な動きに溺れていては
到底得る事などは出来ない代物です。
優しくもあり厳しくもある
貴方自身が努力をして初めて
手にする事が出来る宝物
それが「愉しみ」。
誰もが味わえるけど
誰でも手に入るものではない。
業によって自然と選ばれる代物であり
選ぶのは誰でもない「貴方」ですけどね。
そういう存在が
選ぶのではなく
貴方の事は
貴方自身が
選ぶものなんやで


