2024年1月5日金曜日

常に裏側を意識する(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は小さい幸せを
見付けられている人であれば
誰しもがいずれブチ当たるであろう
少し高度な話をしたいと思います。





小さい幸せを見付けられないとか、
そもそも分からないという人が居ます。
若しくは、
分かっていると誤認している人。

共通している特徴としては、

・傲慢な思考
・自分本位な思考
・小さい器量
・自己中心的な欲求
・利己的思考
・他力本願思考

主にこんな感じです。
文字で書くと小難しいですが、
実際にその様な人に触れてみると
割と簡単に分かります。

基本的に自分を中心に据えた思考なので
立場を弁えるという事に欠如しています。

要は貧乏神の特徴そのままなのですね。
困りものなのは、一般的な善悪では
見抜けないという点です。

という感じの他人様からの目線は
今までも散々お話していますが、

驚きなのは、
当の本人さんにその自覚が無い事です。





ご本人さん自身は、
小さい幸せを見付けまくっている方々と
同じ感覚だと認識しているという意味です。

なので、どこまでも知ったつもりでいます。
例えば、貴方がそういう人に対して

「それは違うよ」「こういう意味だよ」

とか、分かる範疇で説明をしたりすると、
当たり前の様に

「ですよね」「だよね」

との返答が来るでしょう。

3秒前までご本人が話していた事を
否定しているにも関わらず、です。

不思議でしょ。
何故でしょうか?

ここで分かる事は、このご本人が
自分の誤りを顧みるという
人としての基本的な業(おこない)よりも

自分を認めてほしいという承認欲求と
自分も分かっているという自己研鑽
自分の方が正しいという自己顕示欲

これらの自己中心的な欲求が、
貴方の意見に耳を貸すという思い遣りよりも
勝ってしまっている。

という状態だからです。
つまり、
意識の方向が内側へ向きすぎているのですね。





こういう状態の人は、
必然的に意識を外側へ向けられません。

要は、視線を外へ向けたり、
視野を広げるという事そのものが出来ない。
なので、当然に小さい幸せを見付けられない。

小さい幸せというのは、言わずもがな
自分にしか価値のない極微弱な幸せです。

人と比べたり、
物に表したり出来る事ではない幸せです。
分かりますよね?

ですが、こういった意識の向き方ですと、
いつまでも人と比べたり、

物的な価値基準での判断しか出来ないので、
小さい幸せのそれが何か
というものが分からない。

その中で、
「きっとみんなも自分と同じ」
と、思考しているので、
必死に同意を求めたりしてきます。

あまりにも自己救済的な欲求が強いので
誤りを認められない結果、
他者を無理矢理自分へ合わせようとする。





その過程の中で、
形などに拘っていられないから
立場を弁えるという事が出来なくなるのです。

「好んで」同じ組織に属していたり、
「好んで」始めた習い事だったり、
「好んで」顔を出しているイベントなのに

自分の方が間違っていないとか、
今のこの組織はおかしいとか、
言っている事が分からないとか、

自ら「好んで」参加しているのに
自己の優位性のみを主張する様な
話し方を優先させてしまう。

一言で表わすのであれば、

『小さい器量の人』

という感じです。

この手の人の言う小さい幸せは、
自分本位な「小さい欲求」です。





同じ言葉を使用していても
話の内容をよく聴いてよく考えれば
その歴然たる違いに気が付きます。

気が付けばそれは貴方にとっては
まさに小さい幸せです。

ですが、注意すべきなのは
ここで我欲、
つまり気が付けた自分の裏側ですが
それに負けてしまい、

ハッキリと意見を言わなかったり、
否定をしなかったり、
あやふやにしてしまうと、

貴方も同意見だと認識されてしまう点です。

こうなってしまうと、
せっかく見付けた小さい幸せが、
一転して帳消しとなり逆に禍欲となって
貴方に付き纏う事になるのです。

どんな時でも、
どんなシチュエーションでも
小さい幸せを見付けたら

『自分を強く保つ』

という事を忘れない様にして下さい。