今回は考え方について
お話をしたいと思います。
暮れも差し迫り
あと4時間ばかしで新年です。
スピリチュアル関係が
お好きな方々からすると、
「来年はこんな年になる」
「こういう事が起きるでしょう」
みたいな台詞を
期待されているかも知れませんが、
ここを見ていても
そんな台詞は一切出て来ませんから
ご安心下さい。
来年に何があるかなんて
世間的な範囲でだろうが
個人的な範囲であろうが、
ぶっちゃけどうでもいいです。
そういうのを考える事自体が
間違っているのですから。
大切なのは、
何が起きても生きる事。
生きる為に何をすれば良いのか。
生きる為のスキルを身に付けること。
そもそも論で、
どんな規模の出来事であろうとも
起こるべくして起こります。
理由はどうあれ、
起こるべくして起きるのです。
また、嫌な事がありませんようにと
安直に願い縋る人が多いですが、
嫌な事が起きないと
次のステップへは進めない
と、いうのが現実ですからね。
善い事ばかりを簡単に願う。
どんな善いこともね、
「生きる」という事に比べたら
とても小さい事なのですよ。
糞味噌な善い事を願うのも
自身にとって都合の悪い事を
全て悪しき事として避けたいのも
どちらも出処は自分本位であり
俗欲、つまり念そのものです。
そういう風にしているから
何処まで行っても満たされない。
そんなだから、
また翌年も同じ様な事を願い媚ながら
クソッタレな時間を過ごす羽目になる。
この寂れた羅列、
この負の螺旋から抜け出る為には
「何のため」
「誰のため」
「相手のため」
「周りのため」
と、いうのを常に思考し行動する
業(おこない)を重ねていくしかないのです。
大晦日というのは
1年最後の日でもありますが、
新年へ繋がる日でもあります。
来るべき新たな年へ向けて
志を強く、器を大きくさせる様に
今一度改めて
自身へ問いかけてみましょうね。
簡便安易な願いを秘めたり
見てくれ重視な優しさを出すよりも
相手の機微をしっかりと受け止められる。
そういう器量の広さを持てる様に
来年も努力をしていきましょう。
思うかもだけどね
暮れだからこそ
こういう話が
出来ないと
いけないんだよ

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