今回は動き方について
お話をしたいと思います。
愉しみを得ると嬉しい気持ちになります。
と、同時に
そこからの努力をしなくなっていきます。
愉しみを得る事は目的になりますが、
終着点ではなくて通過点です。
その愉しみを如何に
「維持継続」させるか。
ここが重要になってきます。
1つの目標、1つの目的を
達成させたいがあまり、
そこで力尽きてしまう。
本末転倒な話ですが、
往々にして繰り広げられている現実です。
本来のスピリチュアルに於いて
少なくとも、この現世には
ゴールというものが存在しません。
強いて云うなら、
自身の得た「愉しみ」や「想い」を
永年で維持させていく事こそが終着点です。
愉しみや想いというのは
サイズの違いに関係なく基本的に
「持続性を有した一過性のもの」です。
但し、その持続性を発揮させるには
日頃からの努力を
続けていかなければなりません。
それが出来なければ、
単発の一過性で終わるのです。
つまり、貴方が今の今
愉しみや想いを得たとしても
そこで安心して動きを止めてしまったら
その愉しみや想いというものにある
持続性は雲散霧消するので、
そこまでで立ち消えてしまいます。
この持続性は非常に繊細で、
思い遣りや徳の表現型でもある
「日頃の業」を通じてでしか
養う事も強化する事も、
ましてや、使い熟す事も叶いません。
そして、日頃の業というのは、
自分本位を代表とした己の念によって
常に掻き消される状態にあります。
これを「相殺(そうさい)」と言います。
だからと言って、己の念というのを
消す事は叶いません(表裏一体の原則)。
なので、念を理解し、認め
上手に付き合っていくしかないのです。
如何にその「付き合い」を
柔軟に熟し続けるか。
日頃の業を続けられるか。
どこまでも柔軟にストイックに
制御をし続けていく。それこそが、
愉しみや想いを維持継続させる
唯一の方策なのですね。
途上でしかない
自分に甘え
続けている内は
真の幸せなど
手に入らないんやで


