今回は動き方について
お話をしたいと思います。
仕事でもプライベートでも
様々な人達に囲まれたり関係したり
毎日誰かしら何かしらの
関わりがあると思います。
その中で、
「おめでとう」を
全く素直に受け取れない人
と、いうのが存在します。
「おめでとう」という言葉は
どんな場面でも発生します。
日本人ならば大なり小なり使いますね。
この賛辞を述べられた時、
人がどのように反応するかで
素直さ度というのがある程度視えます。
素直さ度が高い人は、
どの様な「おめでとう」に対しても
皮肉でない限りは、
「ありがとう」で、返します。
けれども、それに反して
素直さ度が低い人や高くない人は
そこで「ありがとう」を言わずに
「否定」や「拒否」の言葉を産みます。
屁理屈を言ってみたり、
細かな説明を言ってみたりです。
賛辞というのは「想い」となります。
これを秒で否定する。
つまり、
「ありがとう」を言わないという事は、
この「想い」を無碍にする行為ですね。
そうなると、そこには念が発生します。
「想い」の裏側が「念」です。
せっかく想いを貰えるチャンスなのに、
自身から態々拒否をして
その想いを念に変換する愚行。
この想いが大きければ大きい程、
想いを出す人の霊格が高ければ高い程、
ひっくり返った時の念も大きくなります。
そのまま念となる訳ですから当然です。
そして、そういった捻くれた行為は
周囲にも伝播するのです。
こういった行為をする人物と
一緒に居たりする時間が長かったりすると
余程気を付けていない限り、
行為自体も伝播して受け継いでしまいますし、
念想も伝播してしまうので
要らぬ「念」や「恨み」を貰ってしまうという
とんでもない状況に陥る事が多いです。
これが素直さ度の低さが招く
「念想の伝播」です。
素直さ度の低さが際立つ最たる存在は
貧乏神やその眷属です。
こいつらから「距離を置け」と、
僕が教えている理由は
この念想の伝播が非常に強力だからなのですね。
「避けられるべく不幸を自ら拾いに行く」
これほど馬鹿な話はありませんよ。
普段から形ばかりの綺麗事に身を包んでいて、
表面上の「可哀想」に手を差し伸べたりすると
この伝播にまんまと嵌って不幸を招きます。
どうせ同じ伝播であるならば、
念よりも「想い」の方が良いですよね。
ですから、人をしっかりと見極めないと
運気なんて絶対に上げる事など不可能なのです。
下げるも上げるも
自分の業次第やで


