2026年1月10日土曜日

良かれやらかし(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




良かれと思って何かの動きを執った際に
自分の思っていた事とは
真反対の結果となってしまった。

と、いう経験があると思います。

何も学ばない人は、
こういった動きをした時、
一体自分の何が駄目だったのかを考えずに

「自分は悪くない」
「良い事をしたのに」
「悪気はない」

と、云う様な
「言い訳」を主軸に考えます。
それ故に、物事の本質へは届かないので
同じ過ちを繰り返すのです。

反して、事実を学べる人は、
こういった動きをした時

「自分が何を目的に動いていたのか」
「誰のために動いていたのか」
「動くに至った根拠は何か」

と、云う様な
「意識の方向」を主軸に考えます。
それ故に、
口先では「相手のため」と言いながらも

その実では、自分の俗欲や自尊心を
満たすためだけに動いていたという
「行動の本質」へと辿り着くので、

同じ過ちを繰り返さないための
対策を練る方向へと舵を切ります。




どんなに善い事だと自分が思っていても
ちゃんと相手の目線に立たなければ、
ただの迷惑であり
余計なお世話に過ぎません。

その行動原理は先述した通り
意識の方向が内側へと
向き過ぎている為に起こる

俗欲の表現型です。
承認欲求や自己顕示欲ですね。

また、単に俗欲の制御が効かずに
自分本位依存となってしまっている
という様なケースもあります。

この場合ですと、

「自分の考える事は正しいに違いない」
「自分の考える事と皆同じに違いない」

と、云った具合の思考形成となる上、
自身が執った行動は「思い遣り」であると
信じて已まない状態ですので、

仮に正論と呼ばれる促しを行っても
逆に激高したり、話そのものに対して
一切聞く耳を持たなくなります。




どうしてこの様な事が起こるのか。

自分本位に依存しているが故の結果
ではあるのですが、

「思い遣り」という業に対する
認識違いが原因と捉えます。

自分本位依存状態となると、
思い遣りというのは

「(相手に)先んじて行うもの」

と、いう認識となります。

例えば、

相手がやる前に
自分がやってあげるのだから
相手はやらなくて良いわけだし
喜ぶに違いない

であり、意思に関しても

「自分の意思=相手の意思」

という形となります。

ですが、本来のスピリチュアルに於ける
思い遣りというのは

「相手を尊重した上での自身の行為」

でしかありませんから、
「自分の意思≠相手の意思」であると
理解して勝手な行動は慎みます。

つまり、自身が動く事による
相手へ与える影響度合いの「予測」が
思い遣りの根幹であるのだと認識しますので、

必ずしも「先んじた行為」とは
ならないのですね。

もし、貴方が「良かれやらかし」を
してしまいがちならば
一旦立ち止まれる様にする為に、

何をする時でも自身の行動は
「誰のため」「何のため」であるのかを、
常に考える様に努力して下さい。

遠回りで面倒に思えるかも知れませんが、
これが一番効果的です。
何故なら、

その時に止まろうと思っても
止まれないから
やらかしている訳ですし。

悪癖を矯正するには
より強力な癖で上書きする方法が
特効薬なのですよ。


根本的な変更を
していかないと
その先には
進めないんや
急がば回れやで