2025年11月3日月曜日

耳が痛くなる話ですよ(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




きっと誰しもが運気を上げたいと
そう思ったり願ったりして
行動をされている筈です。

ここを読んでいる方々であれば
殊更そうだと思います。

今までも運気UPについては
話しまくってきましたが、
結論から言うとですね

何かに対して自己の運気向上を
願ったり祈ったりしてる内は
100%運気は上げられません。

これは実績のある結果でして、
もし、願ったり祈ったりで
運気が上げられるのであれば

今頃ほぼほぼ全ての日本人の
運気は爆上げしていないとおかしい。

皆さん、何かしらの神仏に対して
祈ったり願ったりしているでしょ。
初詣やら何やらで。

結果はどうでしたか。
ね、そういう事なのですよ。




こうやって話をしていると
神仏を信用していない様に
捉えられてしまうかもですが、

決してそんな事は無いですからね。
神仏の使い様を間違えているという事を
お話したいだけなのです。

神仏に対して何かしらの
信仰心を抱く事自体は別に問題は無いです。

ですが、神仏は貴方に対して
何もしてくれません。

「あいつらはね、
人間一人一人に感けていられる程
暇してないんですよw」

仮に何かをしてくれるとするならば、
想いの総量に応じて庇護してくれるだけです。

貴方が神仏に縋るだけ縋って何もしない。
そこで留めているだけであれば
運気など上がる訳も無いのです。

運気とは、
己の行動や業そのものから派生する結果であり
自身で創り上げていくものです。

貴方自身が率先して動かなければ意味が無い。




明確な目標や目的を以て
自らが率先して動く。

その活力として神仏への祈りや願いを
貴方が「想い」として維持出来るならば
あいつらもそれなりに力を貸しますよ。

でもね、
何の為に運気UPを目指すのか。

「人より良くなりたいからなのか」
「楽をしたいからなのか」
「今の苦痛から脱したいのか」
「単にそうしたいからなのか」

何にしても、その目的たる基軸が
「想い」に遵じていますか。

先に話した内容であれば
概ね「念」に則した目的です。
この段階で神仏への想いなど
貴方の中には存在していません。

そんな状態で
あいつらに縋っているなんてよく言うw
笑わさないで下さい。

相手の為を想いつつ、
念というものを理解しながら
もっと自らの頭を使って考えて
手足を使って動きまくる。

これが運気UPに必要な最小単位です。

縋っていると自負している方でも
少しでも自身に都合の悪い事を言われると
教えてもらったアドバイスですら
反故にして相手の想いを無碍にする。

貴方の縋りなんてその程度です。

貰った助言を純粋に信じて
業を実行する事すら出来ない貴方が、

運気UPなど烏滸がましいですね。

自らが縋っていると称している
神仏すらも敵に回している事にすら
気付いていないのですから。

その頭もその手足も
動かし使う為にある
馬鹿の一つ覚えで
手を合わせ続けても
運気は上がらへんで