2025年10月25日土曜日

ぜんこうきあく(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




世の中に出回っている
縷々様々な常套文句のセオリー

説や理屈や理論という意味ですが、
これらはその奥にある
何かを隠したり、意図してそこへ
誘導させる為の手段です。

そこには誰かの何かの意図があり
想いよりも念、つまり俗欲ですが
これらを達成させる為の
売り文句として
安売りをしている場合が多いです。

スピリチュアルについても
それは例外ではなく、

本来、幸せを得ようとしたり
善くなるという事は、

非常に困難な道のりで
誰しもが一定の苦痛を
伴うものであるにも関わらず、

その真髄や内訳を端折りに端折って
さも、簡単で誰でも気軽に得られると
述べたりしています。




実際にはそんな事は無く、
どうにも辛い道のりを選ばれたり
選びたく無くても人を選んだりと

苦痛や心痛を伴って
胸を擦り減らす様な経験の先に
得られる物が幸せであり
運気の向上や維持という動きになります。

難しいという事を目や耳にすると
人は事実を遮断します。

要は、考える苦痛を得たくないから
逃げるという意味ですね。

それを見越して
「誰でも簡単」というワードを使う。
引き寄せはそれで良いけれども、

その先に理に適った説明が
あるのかというとそれはない。

と、いうよりも、説明が出来ないのですね。
この手のやり口で利己的な動きをする人は
貴方が善くなるよりも、
自身の利益のみを追究します。

実際に、綺麗な言葉のみを使っていて
そこに幸せは引き寄せられましたか。

ご自身がご家族が
誰もが満足がするような幸を
常時得られていますか。




幸せや善くなるというのは
そういった善の面だけで
どうこうなるものではないのです。

「善幸帰悪」と言って、
善い事や幸を望んで事が過ぎると
必ず悪へと帰してしまいます。

綺麗な言葉を使うのであれば
汚い言葉の意味も知って適宜使う。

美を意識して醜を徹底排除したところで
結局はいずれ己が醜悪となる。

物事や事象を捉える上で必要なのは
その奥行きを嬉々として見詰めて
理解に向けて努力をする思考です。

誰にだって汚い面や駄目な面はある。
プラスも有ればマイナスも有って
負の側面になればなるほど
それを隠して接するでしょ。

それが自然の摂理なのですね。

手軽な売り文句や軽いワードのその裏には
広めている人物にとって
見せたくない知られたくない何かがある。

これが物事や事象の奥行きです。

世に広がる甘い言葉に惑わされずに
その奥を覗いてみましょう。

これは自身の内側にも
言える事ですからね。

善い言霊はね
感情が載って
初めて生まれます
感情が載らなきゃ
代わりに載るのは
念だけなんやで