今回は考え方について
お話をしたいと思います。
興味が無いから知らない
興味が無いから分からない
人と接していると
何気によく耳にする台詞ではないですか。
小生意気にスカして言う奴も居れば、
真面目にそう答える人も居ます。
では、逆に興味のある事を
どれだけ持っているのかを聞くと、
大した数は持っていない。
つまり、そういう人達は
何も知らない事だらけの中で生きていて、
困った何だと慌てふためくのです。
そして、その何も知らないというのは、
「自分が知ろうとしていない」
「自分から知る様に
動こうとしていない」
と、いった怠惰の中での結果なのですね。
知らなくても直ぐにググって
分かるから良くね。
みたいな動きが一般的となって久しいですが、
そんな超特急で調べる状況で
出てくる様な情報などは、
大抵の場合、誰かしら何かしらの意図や
資金が投入されている情報ですし、
仮に正しい情報だったとしても、
それは分かったのではなく
「見ただけ」であり「読んだだけ」なので
その身に落とし込む事が出来ませんから
述懐したり使い熟す事は無理ですね。
どうなるかというと、
ほぼ確実に足元を掬われる結果となります。
これを回避させるには、
日頃から色々なものに興味を持って
調べたり頭に叩き込んだりして
使う努力を当然に行って
その身に覚えさせていく
そして、間違っていたら適宜改訂する
合っていたら大丈夫。
という様な、思考回路の構築が
必要となってきます。
では、これをどのように作るのか。
そもそも興味を持つには
どうすれば良いのか。
無理に興味を持つ事は出来ません。
どうせ飽きてしまって
それ以上には進めないです。
ならば、興味が無いからこそ
調べるという考え方に切り替えれば良い。
「いつかどこかで誰かの為に活かせる」
と、いう想いを基軸とした思考で
やってみれば良い。
想いというのは不思議なもので、
誰かの為にというベクトルの力が加わると
良い意味での外側へ向く作用が働きます。
すると、途端に興味自体が
湧いてきたりするものなのですね。
「あの人のために」「この人の為に」
という具合です。
ひけらかす為に興味を持つのではなく、
誰かとの話の「きっかけ」を得るための知識。
その為の興味。
ですから、
自分が調べる際には知識の深さは要らなくて
寧ろ、「広さ」が必要なのです。
「深さ」は、誰かと話した際に
教えてもらって深くしたり、
または深くするきっかけを得て
その後に自身で深くすればいいだけ。
誰しも最初から
興味を持っている訳ではないです。
どんなカテゴリーでもそれは同じです。
最初は「無」からのスタートです。
それすらも忌避する事が思考停止ですし、
「考えない楽」となりますから
怠惰へと繋がるのですね。
それと、興味が無いならば
興味が無い理由を論的に話せなければ
意味が無いですからね。
どれが?何が?何故?
これらが何も無いのは
理由がある筈やろ

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