今回は動き方について
お話をしたいと思います。
日常の中、個々人単位で
何かを考える時に、
一つの目安となるのが
「数や数値」です。
この時に、選定の基準として
多い方を選んでみたり、
はたまた、自分自身が
多数に向かって邁進してみたりと、
何かにつけて数に翻弄されます。
これが、
「数の魔力」です。
どうしても、「多数は正義」
と、いう風潮がありますので
ある程度は仕方ないのですが、
そこに自身の意識を向けすぎると
俗欲に埋没してしまう結果と
なってしまいます。
かと言って、中身の無い少数へと
何かを委ねなさい
「少数こそが正義」という様な
阿保らしい極論ではないです。
大切なのは、
数に惑わされずに
「本質を見極める」
と、いう点となります。
数での解釈は社会を円滑に進める上で、
とても合理的な手法です。
然しながら、
思考停止を誘う面もあるので
非常に危ういのも事実です。
何でもかんでも多数に頼り過ぎると
物事を検証したり、分析したり、
早い話が
自分なりに思考するという
手間を掛けない様になっていきます。
つまり、完全なる思考停止路線へと
進んでいきますので、
馬鹿になるという事です。
物事や事象の目安としての
多数などは重要となりますが、
本質を見極める思考を失っては
元も子もありません。
これから先の世界は、
ほぼ間違いなく質が重視される方向へと
進んでいきます。
スピリチュアル業界もまた
例外ではなくて、
教える人や導く人のみならず
教わる人や付いてくる人の
「クオリティ」が間違いなく
問われていくと思います。
この時に数の魔力や
俗欲の制御に対する理解度が
低いままであれば、
話し手も受け手も貧乏神化が
進行していき、
過去と同じ結果となって
眉唾から解放されずに終わります。
この哀しき流れを打破出来るのは
想いの遣り取りに目を向けた業
要は、
「クオリティ」のみとなります。
タイミングも
重要やが
重要やが
広める手法の
本質を理解せな
あかんで