2024年3月26日火曜日

善くなりたいのならば...(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回も自分を善くさせる事について
お話をしたいと思います。





これまで、
自分を善くさせるという点に関して
縷々話をしてきました。

日頃から皆さんも
自分を善くさせる為に
色々な事をしてみたり、
気を付けてみたりされてると思います。

物を身に付けてみたり、
逆に捨ててみたり、
占いをしてみたり、
それを聞いてみたり、見てみたり
パワースポットへ出向いてみたり
験を担いでみたり...

本当に多々あると思いますが、
何をやるにしても

「実行力」が伴っていないと

まず善くなる事は無いです。
何はともあれ、
まずは動くという事ですね。

考えてから動くのは、
ある程度の知識が身に付いた後の
動き方です。

知識が乏しい状態ですと
考えたら考えただけ
動きが鈍くなりますし、
それどころか
動けなくなる事の方が多いです。

なので、まずは動く。
その後、ちゃんと考える。
動きながら考える。





と、言う事はですよ、
どんな事でも

「踏み込む勇気が必要」

という話になる訳です。
「勇を用いる」ですね。
怖気付いたり何もしない内は
変える事など不可能です。

同時に信じる事が必要です。
「信に徹する」ですね。

教わったのなら、
教わった人の言葉を信じれば良いし
自分で思い付いたのなら、
自分をちゃんと信じ切らないといけない。

その上で、
しっかりと伝えなければいけません。
自分に対してもですし、
神社仏閣で願掛けをするなら
神様仏様に対しても真摯に伝える。

それが人でも物でも何でも同じです。
そこには言霊という形で
「想い」が宿ります。
つまり、
「伝に務める」ですね。

伝えるという事は、
汲み取るという事でもあります。
ちゃんと聞き取るという意味です。

普通に考えて、
言いっ放しで善くなる訳がないでしょ?
どんな相手でも会話が成立して
初めて善くなる方へ進みますから、

その意思を汲み取れなければ
どうにもこうにも変わりゃしません。





この様に、ご自身を善くさせる為に
何をやっても結構ですが、
ご自分の中で留まっている内は

善い方向へ舵取りなど出来ません。

理由は簡単で、
ご自身の中でウズウズしているだけなら
それは自分本位に他ならないからです。

要するに、
貧乏神と同じという事。

自分の中だけに留めとくのは、
自分だけが善くなりたい
という意思の表れにすぎません。

その欲中心の思考では、
実行に移すという行動が出来なくなります。
実行に移せないという事は、

「維持継続が出来ない」

という結果にも繋がります。
そんなんで善くなる訳がないですよね。





それに、実行力の後ろ盾として
信に徹する、伝に務める、勇を用いる
この三つの理を律しないという事は、

聞くだけ聞いて何もしない
願うだけ願って何もしない
見るだけ見て何もしない
思うだけ思って何もしない

という意味ですから、
こうして書いてある文字を読むだけでも
善くならないのは分かりますよね?

また、目線を変えれば、
手伝ってくれてる人や物、存在に対しての
裏切りそのものなんですよ。

いや、誰にも頼んでないし、
願掛けも話もしていないし、
という人も居ると思いますが、

ここにはね、第三者だけでなく、
貴方自身も含まれているという事です。
自分をも裏切っていれば、
自分を善くさせるなんて夢物語ですよ(笑)

総じて言える事はですね、
何をするにしても
自分を善くさせたいのであれば、

まずは、

「自分の思考と意識を見直す事が
第一歩となってくる」

という事なのですよ。
自分を善くさせてる人は、
大なり小なりこれを理解していますから
善くさせる事が出来てるんです。