2025年2月13日木曜日

繰返しと継続(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




色々な物事を努力する中で、
意識をしていなければ
ついぞ忘れてしまう動きが

「繰返し」と
「継続」です。

読んで字の如くですから、
いちいち説明は要らないもの

の、筈なのですが、

ある程度定期的にこうして口にしないと
完全に失念してしまうもの
でもあります。

何かを読んだり聞いたりすると
その場では分かったつもりになりますが、

実際にその知識は使う事によって
若しくは、積極的に使う努力を試みないと
その身に記憶させる事は出来ません。


使う事や使う努力というのは
一度や二度程度の行動を指し示すのではなく、

何度となく繰返す事により
形と成っていくものです。

そして、その繰返しを継続させる事により
肌身に沁み込ませていき記憶させる。

この渦中で、いつの間にか

「意識する」

と、いう業を忘失してしまうのですね。

気が付いたら呆然と繰り返していたり、
何の為という当初の考えすら忘れてしまい
日常に漂流するだけの「癖」となる。

結果、日々の時間の中に溶け込んでいき
いつの間にか繰返しも継続も終えている。

その状態の中で、
善くならないと嘆いていたり
またやってしまったと口ずさんでみたり
愕然とされたところで、

それを聴かされる方が悲しくなるだけです。




善くなれる人と言うのは、
この繰返しと継続を意識してやれています。

何故かと言うと、
「不出来な自分」を認めているからです。

やらないと忘れる。
意識していないと忘れる。
意味を考えていないと忘れる。
兎にも角にも続けないと必ず忘れる。

一過性の達成感や
一時的な歓びに身を寄せて
悦に浸る事が如何に体たらくで

何も生み出さないかを、
不出来な自分という形に置き換えて
理解をしているから熟せるのです。

そして、意識ある繰返しと継続は
新たな発見をも、もたらします。

そこに気が付く事が出来るから、
また引続き繰返し継続させる。

日々刻々と過ぎる時間を
無駄にするかしないかは貴方次第です。

下らぬ言い訳を饒舌に語るよりも
意味のある寡黙な業を目指しましょう。

繰返しも
継続も
意識してやると
愉しいもの
なんやで