今回は動き方について
お話をしたいと思います。
何をするにしても上手く捗らない
行動の結果に至るまでの因果の中で
原因を他へ求めてしまう。
物や人の所為にするというやつですね。
この状態に陥ってる時は
高確率で自分というものを見失っています。
もう少し掘り下げてみると、
「人に合わせてしまっている」状態です。
何かの判断や決断をする際に
人の意見を聞いたり、
きっかけを貰う事は間々あります。
しかし、それはあくまでも
第三者からの助言や提唱であって
決断をするのは自分自身なのですね。
この意見を聞くという段階で
自分で思考する事を放棄してしまっていると
その他者の意見を
都合よく自身の意見として捉えるので
己の責任すらも他へ転嫁してしまいます。
当然ながら、
そこから派生する判断や決断も
他人任せという流れとなります。
この様な態様を至極当然だと認識する人は
何をやっても上手くいく事はありません。
そこに「自身の意思」や「自分を持つ」
と、いう思慮そのものが存在しないからです。
自己意思や自分を持たないで
先述した通り他者任せとなってしまうと、
そこに努力の価値を見出す事が適いません。
所謂、「ヤル気が出ない状態」となるのですね。
自らの意思で自らが決断し覚悟を決めるから
前へ動こうとする推進力を得る事が出来ます。
どんな事でも良いですが、想像してみて下さい。
人に「やれ」と言われて行う事よりも
自分で「やろう」と考えた方が
断然動き易くなりますよね。
例え、行動した結果が失敗だったとしても
自身で覚悟を決めて動いた事であれば
そこに一定の責任を背負いこみますから
決して後悔などはしない筈です。
また、それに伴う反省をする事も可能です。
これらの動きを本来のスピリチュアルでは
「正の螺旋」と呼称しています。
善い動きの因果律の中で、
どうしても繰返しと捉えがちですが
そこには時間と空間の概念が必ず加味されます。
つまり、物事や事象に関しては
時間が進む力が物理的に添加されるという意味です。
なので、繰返しですとその形状は「円」ですが、
円に対して推進力を加えると
それはスパイラル=螺旋という形状となるのです。
同じ様な事をしていたとしても、
全く同じには成り得ない事象の進み方の概念です。
少し話が逸れましたが、
この正の螺旋に乗る為に必要なのが
「自分(自己意思)」です。
この自分を持つために必須な動きが、
「やたらと人に合わせない」という姿勢です。
人に合わせれば合わせる程に、
自己意思の減衰は速度を増します。
社会通念上、合わせる必要がある善い部分と
楽を目的とした合わせようとする俗欲の部分。
これらをしっかりと見定めて
腹を括って決断し率先して動く
と、いう業が出来ないと
念頭でお話をした様な上手く捗らない状態へと
滑落していくのです。
この上手くいかない流れの事を
「負の螺旋」と呼称しています。
そして、負の螺旋の流れは
「堕落」そのものですから、行き着く先は
生きている内は「貧乏神」
死んだ後は「悪霊化」を経て「地獄行き」となります。
どの道、皆さんが望む様な幸せとは
程遠い結果となるという流れなのですね。
文字や言葉でこういった事を視聴きしても
この流れがどれだけヤバいのかは
全くピンと来ないと思います。
元々、分かり難い話ですし
そういった内容なので全然構わないのですが、
せっかくなのでこの「ヤバさ」を
記載した本日より三日間の内に
皆さんの夢の中で味わえる様にしてみますね。
2026.5.22~2026.5.25
偶にはこういった遊びもいいでしょう。
悪霊、地獄とその先
これらの一端を
視れる様に頑張ります
おっかなくても
ノークレームで
お願いなんやで

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