2026年6月21日日曜日

解き放ち善きに転じる(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




人には誰一人として例外無く
「駄目な自分」というのがあります。

簡単に云うならば、しょうもない自分です。
「善い自分」の対極に位置するもので
駄目とは言っても自分は自分なので、

拒否も否定も出来ません。

この駄目な自分を如何に制御するかで、
運気というものが大きく変わってきます。

間違えてはいけないのは、

「制御(control)」であって
「消去(delete)」ではない点です。

「駄目」という部分を意識するあまり
消去を考えてしまいそうになりますが、
それは絶対に無理なのです。

何故なら、駄目な部分ではあるけれども、
それも「自分」に過ぎないからです。

見せなくする事も、見えなくする事も
聴こえなくする事も
ましてや、
感じなくさせる事すらも叶いません。

自分に変わりないのですから、
何をしたってそこに存在します。

けれども、
この駄目な自分を野放しにしてしまうと
いずれ善い自分を喰らってしまい、

駄目な自分が支配をしてしまいます。
全面的に駄目な自分に溺れた存在が
所謂「貧乏神」です。




なので、そうはならない様にする為に
駄目な自分を制御するのですが、
制御に必要なコツは2つあります。

1:「認めてやる」
2:「使ってやる」

1は、以前から話しているので、
ここでは割愛します。
2は、駄目な自分を認めた上で
意図的に「使ってやる」事を意味します。

駄目なのだから「使わない」方へと
シフトしがちですが、
それでは拒んでいるのと同じですので
振り出しに戻ってしまいます。

1の段階で、駄目な自分も
「自分の大切な一部分」だと認めたのだから、
意図的にちゃんと使ってあげるのですね。

善い自分ばかりを使っていたら
依怙贔屓になってしまうし、
駄目な自分がもっと捻くれてしまって

果ては暴走してしまうでしょ。
そうなったら、一気に溺れてしまいます。
それでは努力が水の泡です。

駄目な自分を意図して使えば、
それは人にとって
「面白い(funny)」部分へと変貌します。

これを「人間味」と云います。

いくら駄目な自分を認めてあげても
意図的に使ってあげなければ、
「隠蔽」や「拘束」をしているのと同じです。

もし、貴方が徒に縛り固められていたら
そこから脱したいと思うでしょ。
フラストレーションもストレスも
酷いことになりますよね。

その先に何が起きるのかは
想像するのが容易い筈です。

認めて使う。
「制御」という言葉の意味を
ちゃんと理解すればこうして言われなくても
答えは簡単に出る筈です。

誰の前でも
解放するのではなく
信じられる人の前で
ほんの少し解放させる
お金ください(ピエン)
って、堂々と
言えるかどうかやで