2026年4月1日水曜日

自分本位と薄い知識(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




知識を得るというのは
僕らが生きていく上でとても大切な
要素の一つです。

知識を得る事によって
知恵を獲得します。

知恵を得る事によって
創意工夫が行えるようになります。

これが動き方に繋がっていくのですね。
動き方に繋がるのですから、
それは日頃の業へと連動していきます。

この様に「知識を得る」という過程が
如何に重要であるのかが分かると思います。

ましてや、知識の中身となると
更に重要度は増大します。

この知識を得る過程で要となるのが
「考え方」です。

同じ知識を得るにしても、
考え方一つでその表情と中身は
天地変容するほどの差となって現れます。

ここでお話をしている考え方に
影響を与えるのが
「自分本位」や「想い」です。




自分本位というのが強くなると
俗欲や念という存在に連動します。
この連動が発生すると
確実に中心となる考え方が「楽をする」です。

自分本位がメインで楽をする考え方が
中心になっている状態ですと、
只管に自慢や誇示を優先させようとします。

その対象は基本的に、
自身よりも立ち位置や立場が下の存在です。

自分よりも知識を持っていないとか
仮に持っていても反論が出来ないとか
問答無用の肯定しか出来ないとか

如何なる場面に於いても
自身に反しない相手に持ち得る知識を
ひけらかそうとするのですね。

然しながら、ここでよく思考してみて下さい。
この場合の考え方は「自分本位」がメインです。

と、いう事は、その知識の得方も
例外無しに「楽をする」事が中心となります。

つまり、知識を得る過程に於いても
想いを中心に捉えている人、
誰のため、何のためを思考している人と比べて

極端すぎる程に浅はかになるのですね。
早い話が追究をしないのです。




知識の得方は非常に粗製なもので、

例えば、
有名な人が言っているというだけで
その知識を採用し、仮に後々誤りが見つかれば
その人の所為にして逃げる。

若しくは、自身が言った事すら忘れる。

追究というものを行わないですし、
その概念すらもありませんから
自身での更新が発生しないので
知識自体が「薄く」なります。

ここで注意しなければならないのは、
知識を深堀する為に、
知識自体を得る為のきっかけとして行う
「広く浅い知識」とは

根本的に異なるのが「薄い知識」です。
薄い知識とは、その場限りの知識であって

知識自体に興味を持ったり
知識の本質を理解しようと
探求する為のものではなく

前述した通り、自身の誇示や自慢などの
醜い目的を達するための手段に過ぎない代物です。

この様に、自分本位が主となった存在は
どこまでもこの動き方と考え方を続けます。
そうして信頼や信用を失っていくと同時に、

楽を続ける訳ですから、追究をしないので
年数や日数などの時間から得られる
知識量や知識の質量の比例化が発生しないのですね。

これが何を指し示すのかと云うと、
時間が経てば経つほどにスッカラカンになる
と、いう意味です。

にも関わらず、
自身の立場だけは保持しようとするので
端から見ると人の形をしただけの
「歪な生き物」へと変容するのです。

知識を得ると言っても、
自身の得意な部分のみに限定せずに
あらゆる側面を意識して視点を作り
そこからの知を得る(さとりをえる)。

限定的に捉えて楽をすればするほどに
お山の大将となるのですから、
それは非常に情けない結末となります。

そうならない様な考え方や動き方を
日頃の業を通じて錬成していく事が大切です。

薄い知識を
ひけらかす奴は
直ぐに感情的になり
逆ギレしたり
小馬鹿にするから
判別しやすいんやで