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2026年5月22日金曜日

自分を持つ(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




何をするにしても上手く捗らない
行動の結果に至るまでの因果の中で
原因を他へ求めてしまう。

物や人の所為にするというやつですね。

この状態に陥ってる時は
高確率で自分というものを見失っています。

もう少し掘り下げてみると、
「人に合わせてしまっている」状態です。

何かの判断や決断をする際に
人の意見を聞いたり、
きっかけを貰う事は間々あります。

しかし、それはあくまでも
第三者からの助言や提唱であって

決断をするのは自分自身なのですね。

この意見を聞くという段階で
自分で思考する事を放棄してしまっていると

その他者の意見を
都合よく自身の意見として捉えるので
己の責任すらも他へ転嫁してしまいます。

当然ながら、
そこから派生する判断や決断も
他人任せという流れとなります。

この様な態様を至極当然だと認識する人は
何をやっても上手くいく事はありません。

そこに「自身の意思」や「自分を持つ」
と、いう思慮そのものが存在しないからです。




自己意思や自分を持たないで
先述した通り他者任せとなってしまうと、
そこに努力の価値を見出す事が適いません。

所謂、「ヤル気が出ない状態」となるのですね。

自らの意思で自らが決断し覚悟を決めるから
前へ動こうとする推進力を得る事が出来ます。

どんな事でも良いですが、想像してみて下さい。
人に「やれ」と言われて行う事よりも
自分で「やろう」と考えた方が
断然動き易くなりますよね。

例え、行動した結果が失敗だったとしても
自身で覚悟を決めて動いた事であれば

そこに一定の責任を背負いこみますから
決して後悔などはしない筈です。

また、それに伴う反省をする事も可能です。

これらの動きを本来のスピリチュアルでは
「正の螺旋」と呼称しています。




善い動きの因果律の中で、
どうしても繰返しと捉えがちですが
そこには時間と空間の概念が必ず加味されます。

つまり、物事や事象に関しては
時間が進む力が物理的に添加されるという意味です。

なので、繰返しですとその形状は「円」ですが、
円に対して推進力を加えると
それはスパイラル=螺旋という形状となるのです。

同じ様な事をしていたとしても、
全く同じには成り得ない事象の進み方の概念です。

少し話が逸れましたが、
この正の螺旋に乗る為に必要なのが
「自分(自己意思)」です。

この自分を持つために必須な動きが、
「やたらと人に合わせない」という姿勢です。

人に合わせれば合わせる程に、
自己意思の減衰は速度を増します。

社会通念上、合わせる必要がある善い部分と
楽を目的とした合わせようとする俗欲の部分。

これらをしっかりと見定めて
腹を括って決断し率先して動く
と、いう業が出来ないと

念頭でお話をした様な上手く捗らない状態へと
滑落していくのです。

この上手くいかない流れの事を
「負の螺旋」と呼称しています。

そして、負の螺旋の流れは
「堕落」そのものですから、行き着く先は
生きている内は「貧乏神」
死んだ後は「悪霊化」を経て「地獄行き」となります。

どの道、皆さんが望む様な幸せとは
程遠い結果となるという流れなのですね。

文字や言葉でこういった事を視聴きしても
この流れがどれだけヤバいのかは
全くピンと来ないと思います。

元々、分かり難い話ですし
そういった内容なので全然構わないのですが、

せっかくなのでこの「ヤバさ」を
記載した本日より三日間の内に
皆さんの夢の中で味わえる様にしてみますね。
2026.5.22~2026.5.25

偶にはこういった遊びもいいでしょう。

貧乏神、生霊、
悪霊、地獄とその先
これらの一端を
視れる様に頑張ります
おっかなくても
ノークレームで
お願いなんやで

2026年4月13日月曜日

祓いへの纏わり(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




「祓い」という動きがあります。

悪霊を祓ったり生霊を祓ったりする
あの「祓い」です。

この動きは中々に労力を要します。
取り分け集中力の消費は結構なもので、
数時間ぶっ通しでやるのが常になりますからね。

僕の場合は、祓いに道具も何も使いません。
使う必要が無いからです。

どうしても、祓いと云うと
仰々しいものを想像してしまいがちですが、
実際にはどんなに
リンリンシャンシャンしたところで

一時的に気分は逸れたとしても、
あんなもの効果もクソもありませんからね。

何をしていても、話さえ出来れば
事足りるのが現実です。

そして、祓い自体の時間は掛かりません。
悪霊にしても生霊にしても
やっつける事自体は簡単なのです。

力を振りかざせば良いのですから。
事実、ものの数分で終わります。

ですが、それよりも祓いというものを
困難なものにさせているのは、

相手さんのケアなのです。




以前にもどこかでお話をしたと思いますが、
結局のところ相手さんの状態そのものを
改善させる方向へ進めないと
意味が無い話となるのです。

付け入られたりする"隙"が
相手さんに生じているから、

憑依されたり家に居座られたりするのですね。

その"隙"をどうにかしない限り、
いつまで経っても同じ事を繰り返します。

それどころか、確実な悪化を招きます。

要するに、単に悪霊や生霊を
追っ払ったり、やっつけただけでは
付け焼刃に過ぎないのです。

では、何をするのかと云うと、
ここも内容的にはかなりシンプルで

相手さんの考え方を変えるのです。

ご自身の持っている"隙"
つまり、弱点であるポイントを
再認識させて改善する方法を教えてあげます。

与えるのはきっかけのみです。

そこへ至る経緯と主だった原因なども
かなり細かく説明をします。

正直なところ、相手さんにとってしてみれば
耳の痛い話になる事が多いです。
そこをまずは懇切丁寧に話します。

素直に聞き入れられない様であれば、
素直に聞ける様になるまで話します。

何で素直になれないのか、までも話します。




祓いに必要なのは、
神秘性でも仰々しさでもなくて
「論理性」と泥臭いまでの「忍耐力」なのですね。

こちら側が何をどうしたところで、
相手さんに変わってもらえなかったら意味が無い。

更には、24時間手取り足取り
サポートする事なんて出来ないのですから、
改善や同じ轍を踏まない様にするには

相手さんご自身に
日々頑張ってもらわないといけません。

なので、「きっかけ」と「方法」を
その場で納得出来るまでお話をして、

あとは後日のケアとフォローが
重要になってくるのです。

ここも理屈は簡単でして、
自身の弱点だった訳ですから
油断をすればいつでも元に戻ろうとしてしまう。

その作用が僕らには例外無く存在します。
「楽をする」と、いう動きです。

新しく変わろうとするというのは、
非常に疲れますし、
場合によっては苦痛すら伴います。

それでも、二度と憑依などを
受けたくないのであれば、
悲しい方向へ進みたくないのであれば、

ご自身で頑張るより方法が無いのです。

しかし、それだけでは危険性の回避に
暗雲が立ち込めてしまい易くなるので、
長い目で見てケアとフォローをして

いずれはご自身で
対策や対処が出来る様になってくれれば
それが一番なのです。

その為に身を粉にして動けるのが
ホンモノなのですから。
必要なのは意地と根性です。

力と威厳を振りかざすのが
ホンモノではないですからね。

日頃の健康管理と
同じでね
自身でどうにか
するのが基本です
その為の知識を
ちゃんと教えるのが
本物ってもんや

2025年4月10日木曜日

感覚を日常で使う(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




人は様々な感覚を使ったり
憶えたりする事が可能です。
その感覚を基準として
研ぎ澄ませたものが「霊視」です。

前々から述べていますが、
霊視は五感が基本となります。

「霊」と付くので、
悪霊や生霊などを視る事だけだと
考えてしまいがちですが
そうではありません。

「霊体を通して視る」から霊視です。

別に、霊を視る事ではないのを
忘れてはいけません。

そして、
文字上ですと「視る」とは書きますが
ここには五感の全てが入ります。

視る聴く嗅ぐ味わう触れる

霊体を通して五感を使って視るのですね。




ですから、
日常の生活内で霊以外に対して
使う事が可能です。

例えば疾患系の匂いです。

ウィルスや菌などを起因としている
風邪等の疾患ですと必ず臭いがします。
消毒薬に酸味を加えた様な臭いです。

疲労が溜まっていたりすると
ホルモン性の臭いに近いものが
頭や背中などから出てきます。

消火器系の疾患などですと、
症状の強さに応じてですが
粘度のある酸味に焦げっぽさが
加わった様な臭いが口腔や
その対象部から出てきます。

泌尿器系の疾患ですと、
粘度のある甘みと苦みを含んだ
ちょっと不快な臭いが
背中や下半身を中心に出てきます。


これらに見た目や音など
何かしらの異変や違和感を
複合的に感じ取って分析精査します。

あくまでもあにきの場合ですが、
異常を感知したら医療機関での受診を
お薦めしています。

明朗に幽体や霊体を
起としているものであれば
ヒーリング等の霊精治癒の対象と
考えても結構なのかなとは思いますが、

肉体が起となるものに関しては
医療機関での治療が確実です。

あにきの見解としては、
個々人が状況を現実的に捉えて
霊精治癒や通常医療の
適宜ハイブリッド対処というのが
理想的なのかなと考えています。

スピリチュアル業界然り
医療機関然り
どちらも本当にピンキリですから、

普段のセルフチェックの為にも
自身の感覚と真面目に向き合う事は
大切ですからね。

何となくで
過ごしていると
異変の察知が
遅れるんやで

2025年2月26日水曜日

視える(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




視えない存在が視える。
そういう能力を持っている人に
多く見受けられるのが、

「悪霊への偏り」です。

私は視えるのよ系の人が
意気揚々として話す時、
大抵の場合、悪霊限定だったりします。

本来のスピリチュアルですと、
悪霊も善い霊も普通に視えます。

狭間をうろうろしている霊というのは、
善い霊が圧倒的に多いです。

つまり、「霊=善い霊」だと、
認識する方が普通という形となります。

にも、関わらずその逆を標榜するには、
何かしらの原因があるのだろうと、
捉える方が建設的です。




単に霊をよく知らないので、
分からないから悪霊だと断じている人は
「霊=悪霊」と、決め付けたりします。

これは致命的な知識不足です。

自身が悪霊候補の貧乏神気質なので
善い霊を意図的に排除して、
悪霊を態々引き寄せてしまうという流れを
自ら作っている事もあります。

これは、論外となりますが、
皆さんの想像以上に多いパターンです。

自身が視えるという能力を特別視しており、
優越感という俗欲に溺れてしまっている。

以前に投稿をしました、
「特別の検索」の成れの果てですね。

人から煽てられようが、
もてはやされようが、
視える程度など何ら特別ではありません。

視ようとすれば誰だって視れます。
それが、常時なのか稀なのか
以前にお話をした視え方の云々は別として

視るだけでしたら
誰だって視れるものなのです。




視たいという意気込みと
本来のスピリチュアルに対する全き知識、
万物に対する思い遣りとそれに対する理解。

これらを自分サイズで得る努力をしていけば
必ず視える様になるのが
「霊視」と呼ばれる能力です。

物凄く割愛して書いているので
あっさりとした内容となっていますが、
その実はかなり濃いものとなります。

そうそう簡単ではないのは確かです。
科学的知見も必要ですし、
非科学的要素も必要ですし、
社会常識も必要ですし、
個人としての論理的認識も必要です。

知識力、判断力、理解力、想像力、認識力、
それらを総合的複合的に使って
思考回路を形成していく。

気の遠くなる様な話ではありますが、
その過程の中でついぞ唐突に
視える様になってたりします。

感じられる様になった人は
分かると思いますが、

特別だと思おうとしても
特別感など実感出来ない程に普通の筈です。

そのくらいにありふれた能力が
視えるという能力なのです。

個人力は誰にでも
備わっている
普通の能力
なんやで

2025年2月2日日曜日

思考停止への誘い(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




世の中は完全完璧ではないですが、
漫然とその考えが蔓延っています。
所謂、完璧主義ですね。

人は不完全であるが故に
完全たる存在や事象を目指します。

その中で、
自身や万物の不完全を認めて
常に考え続け、
一人一人一つ一つの答えを
求め続ける事に現世の意義はあります。

完璧を目指す事そのものは
決して悪ではありません。
誰しもスタートはそこにありますからね。

憧れや希望、願望という類の感情は
総て完璧を主眼に置いた感情です。

これが無ければ始まらないので、
完璧自体は悪ではないのです。

ところが、この「完璧」という幻想に
溺れ過ぎてしまうと、たちどころに人は
動く事が出来なくなります。

その中枢にあるのが

「思考停止」です。




考えるのを止めるという意味ですが、
これは自身から率先して
思考停止する人も居れば、
思考停止状態へ誘う人も多いです。

人は、思考を停止すると
周辺の存在の意思に流される様になります。

それはまるで
操り人形の様相だと形容しても
過言ではない状態です。

誰かが何かをいい様にしたい時、
決まってそのターゲットたる人を
思考停止へと誘います。

ビジネス然り、犯罪然り、
勧誘然り、社会通念然り、
縷々様々な場面でこれは使われます。

本来であるならば、
自身の意思を以って判断すべき点を
自分以外の存在の意思に委ねてしまう。

その流れに身を任せてしまう。
考えさせずに盲信させてしまえば、
言いなりに出来てしまいますからね。




スピ業界などはその最たるもので、
元来では一人一人の思考を
率先して潤滑させる為のものが
スピリチュアルであるにも関わらず、

善くなりたいという
人の「俗欲」に漬け込んで

逆に、思考停止へと誘い込み
物を売りつけたり、
過剰な金銭を支払わせたりする。

まともな意思であるならば、
現状以上に考えさせる様に
導く事はあっても、

思考を停止させる様な真似を
誘因する事は決してありません。

何故ならそれは、
悪霊や生霊や貧乏神の手口と
全く同じでもあるからです。

これらの存在は、
ターゲットの霊体に対して
直接干渉を施して、思考停止へと誘い
やがて死へと歩ませます。

それが如何に歪で悍ましい行為かを
知っている者であれば、
必ず阻止に務めるものなのです。

人が意思を自ら捨てる様にさえしなければ
騙されたり、徒に不幸へ堕ちる事など
決して起こり得ませんからね。

よく考えるために
よく視て
よく聴いて
判断するんやで

2024年7月27日土曜日

影響力の例え(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は影響力について
お話をしたいと思います。





以前にも、
善い影響力と悪い影響力について
お話をしましたが、
今回はそれの補足だと思って下さい。

善い影響力にしても悪い影響力にしても
これらはその効果を
直接感じられたとしても

影響の範囲や影響"力"そのものを
目にする事は叶いません。
普通は、当然ですね。

これを可視化させたとしたら
どの様に視えるものなのか

偏に言うと、光や闇として
表わす事が出来ます。





善い影響力を持つ人は、
その人を中心に光で周囲を照らします。
薄っ暗い空間を照らす裸電球みたいな
感じをイメージすると良いですね。

薄暗い場所や仄暗い空間に灯があると
そこを頼りたくて集まりますよね。

そういうイメージです。

その中で、影響力の強さによって
電球ほどの人も居れば
眩しくて目を瞑ってしまう程に
光が強い人も居る。

一般的な意味合いとは違いますが、
仏像などには後光がありますよね?

あれが善い影響力の強さの象徴
と、あにきは考えています。

愛の強さとも言えますね。





それとは逆に、悪い影響力には
明るさではなくて暗さが伴います。

その人を中心に暗く薄黒い靄みたいのが
周囲を含めて覆う感じです。

よく、悪いお化けなんかを見た人が
「黒い人影が居たあれはヤバい」
とか、言ったりするでしょ?

あと、死期が近い人なんかも
黒いものを纏っていたりしてて
それを見た!なんて話も
聞いた事があるのではないでしょうか。

これは生きている人、
とりわけ悪い影響力が強い人にも
同じイメージで説明する事が出来ます。

悪い影響力の強い人は、
その人に引き寄せられた人を巻き込んで
黒い靄で覆っていきます。

もし、可視化出来たとしたら
そういう風に視えると思いますよ。

ちなみにですが、
死期が近い人が黒いものを纏うというのは、
少々言葉が足りてなくてですね、

死後に地獄又はそれに準ずる場へ行く人
つまり死後宜しくない方へ行く人は
黒いものを覆う感じです。

その逆で、死後善い処へ行く人は、
明るい光を纏った様に視えますからね。





もし、影響"力"が視えたとするならば
こういう視え方をします。

では、実際には視えるのか視えないのか。
そりゃ何もしていなければ視えません。

けれども…
日頃から業を善くして、自身の感覚を
研ぎ澄ませていけば目にする事は可能です。

目にすると言っても、その言葉通り
物理的に可視化して見える人も居れば
イメージとして可視化して視える人も居ます。

目にするというのは、
見えるのか?視えるのか?
どちらも同じ意味で同じ価値ですからね。

もし、貴方が視えていたとして
黒いものばかりだとしたら
環境や自身そのものを再検討した方が
良いかも知れませんね。

あと、分かり易くお話ししたくて
人と言う事で説明をしましたが、
これは人だけでなく万物全てに
該当しますからね。補足まで。


2024年3月11日月曜日

生霊悪霊から救えない人(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は久しぶりに
霊的な話をしたいと思います。





世の中には少なからず生霊や
悪霊に憑依されてしまう人が居ます。

そういった事象からの解決を
図るのがあにきの仕事なのですが、

そもそもがそれらの憑依から
救えない人というのも存在します。

どういうタイプの人かを端的に言うと、

「自分を視れない人」です。

自分を視れないというのは、
鏡を見れないとか
そういう物理的な意味ではないです。

自分の心理状態や心を視れない
という様な、
蓋をするタイプの方を指します。





この手のタイプの方は、
ご自分の世界観が全てなので
自分にとって都合の良い世界を
崩す事が出来ません。

その最たる例が、
霊に対する恐怖への打ち勝ちです。

どんなに説明をしても
実話や事例を話をしても、
「霊=怖い」から脱せない。

というか、
ハッキリ言ってしまえば
「脱したくない」が正解です。

霊=怖くない
という本当の意味自体が都合が悪い。
だから、脱したくない。

それを隠す為に「脱さない」に固執する。

そうしておけば、
怖い怖いと皆に言えますし、
同情も買ってもらえます。

「私は特別だから憑依される」と、
ちっぽけな優越感を味わいたい人も居ます。





結局のところ、
実生活内で相手にされていなかったり
人に対して愛情を以って触れる事が
往々にして出来ないから、

こういった歪んだ思想を維持させようとする。

ですが、
この手の人に対しても除霊は出来ます。
あっちいけ~!
と、やれば良いだけですし。

但し、直ぐに元に戻ります。
同じ霊が返って来ない様にしても、
違う霊が直ぐに入り込みます。

何故なら、
当の御本人が霊を拒絶していないからです。

先述した様に、
「憑依されてる自分は特別」
「怖い思いをしてる自分かわいそう」

という点を中心に
優先順位を設けてますから
常に悪霊ウエルカム状態であり、

生活上でも生霊化してる貧乏神に
ほぼほぼ囲まれていますから、
やはりウエルカム状態。

根本的な解決を望んでいないのですから
そりゃ当然に救える筈が無いのです。





そういうタイプの人は、
総じて玄人に対しても自分の意見の
正当性を述べてきます。

このブログで書いている様な事実や
現実は到底受け入れられないからです。

その上で玄人の選別をします。
自分の意見にイエスなら本物。
ノーなら偽者認定します。

では、
その手の人に対してあにきは
どういった対応をするのかというと、

本当の意味で本人を救えないのは
分かっていますが、

ひょっとしたら改心するかも知れないので
それに必要な情報はキチンと教えます。

どんな情報かは記載しませんが、
まぁ、皆さんであれば
「あまり聞きたくない情報」ですね。

これまで結構な人数に
迷惑を掛けてきてるのですから
そのくらいはね、してあげないと!

だってさ、補助霊さんとかに対しても
怖い怖いをするんだよ?
そりゃ、ちょっとはね、
ムカつくよね。


2024年2月15日木曜日

成長進化の片鱗(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、先日のイベントに関した
お話しをしたいと思います。





悪霊や生霊に憑りつかれたり
もしくはその予備軍に
付き纏われたりした際の対処法として

専門職に依頼して処置してもらう事も
大切な事にはなりますが、
毎度毎度そう都合よく処置して貰える
とも限りません。

近くに居ないとか、
緊急過ぎるとか、

無理な状況というのは
幾らでもありますよね。

そこでやはり出来るのであれば
「自身で対処した方が良い」
という結論となる訳です。

せめて、応急処置くらいは
自分で出来た方が本当に良いです。

この時に、一番役に立つのが
「忘失」です。





これは
自分へ危害を加えてきている存在を
忘れるという手法です。

レクチャー8,12,16で教えた
「基本所作」を抑えた上での
行動にはなりますが、
これほど簡単な対処法は無いです。

詰まるところ、
「意識の方向の制御」
「意識の具現化」
の応用ですね。

意識の方向の制御(コントロール)は
言わずもがなの事です。

その時点で、一体どの方向へ
自分の意識が向いているのか?
外側なのか内側なのか...

それを制御して、
「意図的に方向を変える」
という事ですね。

意識の具現化は、
意識をした瞬間から現実への変貌が
始まりますから、

方向を変えたのであれば、
それを強化させるための手法です。





どちらも

「信に徹する」
「伝に務める」
「勇を用いる」

という向こうの世界の理を
理解出来ているからこそ為せる業です。

つまり、他力本願である内や
自身に引き籠っている内は
決して出来ない方法ではありますが、

言い換えるならば、
イベントでの「実験」を経験して
具現化を物理的に目の当たりとした段階で
既に理解は出来ていますし、

実験をご自身でも成功させたという事は、
徹して務めて用いれている
という証でもあるのです。

何故ならば、
あにきが説明をした理屈と
その流れと効果そのものを

言葉と感覚で
ご自身にプログラミングして
再現している訳です。

要は、
確実にステップアップ出来ている
という事です。

ですからね、
確かな自信を持って
前を向いていきましょう!


2023年11月8日水曜日

悪魔(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

前回は天使についての見解を
お話しましたので、
今回は悪魔についての見解を
お話したいと思います。





あにきの中では悪霊が
悪魔としての位置付けで
考えていますが、

悪霊というカテゴリーはありますが
種類としては存在していません。

悪霊の中にも種類が多々ありまして、
その内で、個我を維持している
野良化した自然霊と、
複数体が合わさった人の霊を
悪魔と考えています。

普通の悪い霊というだけでは、
悪魔と位置付けるには
ちょっと生易しいんですよ。

悪意というか殺意が足りていない。
それと、見た目もまだ人です。





ここまでの悪霊となると、
殺意しかないです。

普通の霊というか、
皆さんがよくビビるのは
”悪さをする程度”の霊です。

それが憑いてきても
気付かないで放っておくから
悪化しているだけで、
死ぬまでには時間が掛かるでしょ?

先ほど話した悪魔と呼べるレベルの
悪霊ともなると、
憑いてから死に導くまでの時間が
普通のそれと比べると
段違いに早いです。

条件さえ整えば1日とかって程です。
そのくらい殺意の濃度が高いんです。





殺意しか無い存在なので、
見た目もどす黒いです。
ハッキリ視えてても
黒いモヤみたいなのを纏っていますし、

薄っすらで視えたとしても
影よりも黒い影みたいな人型の
形を成していて、
その頭部のモヤの揺らめき方が
角みたいにも視えなくも無いです。

ただ、気を付けてほしいのが
普通の生霊とか霊とかでも
時間が経てば見た目が似てきます。





ここで注意してほしいのが、
強烈な霊でも、自然霊でない限り
元は人間という点。
生霊なんてまさに生きてる人ですからね。

つまり、誰しもが悪魔となり得る
ということ。
その素養を元々備えているという事。

これは天使にも同じ事が言えます。

なので、
存在している存在していないを
議論するのが寧ろ馬鹿らしい。
人を否定するのと同じですからね。

天使になるのも悪魔となるのも、
鍵となるのは、生きている内の業です。
それ如何で、どちらに転ずるのかが
決まるんです。

だから、いつも言ってるんです。
貧乏神になる様な業はダメですよとか。
そういう輩には近付くなとか、
善い業をしていきましょうねとか、

意味も無く言ってるのではなくて、
誰でも悪魔になれる訳だし、
なってほしくないから言ってるんです。