皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
何かに期待をして
その期待が叶わなかった時に
がっかりするのが嫌だから
出来るだけ期待はしない様にする。
インスタにも書いた話ですが、
この考え方は看過出来ません。
まず、期待をするに値する
「根拠の有無」というのがあります。
自身の中で期待するに余りある根拠がある。
ましてや、地に足を付けた形だったり
客観的視点からでも
努力の価値が認められる場合、
そこには期待するに値する
「根拠」が堂々と存在します。
それは、数値かも知れませんし、
思考的な感覚かも知れません。
何にしても
確固たる根拠が存在するのであれば
期待をした方が好結果に繋がります。
根拠を持っているという事は
「自信」へと繋がります。
理由無き自信ではなく、
列記とした「自信」です。
テスト勉強然り、
人間関係然りです。
にも関わらず、
ここで期待をしないというのは
己の自信や他の客観的評価や
前向きな意見よりも
達成出来ないかも知れないという
恐怖心や悲壮感に負けた事になります。
絶対的な自負があるのにです。
その感情こそが「駄目な自分」であり
自分本位そのものなのですね。
自己のポテンシャルを
最大限に発揮させるには、
期待をしないのではなくて
「期待をする」にベットした方が良いです。
その為に努力を重ねて自信を付ける。
他薦による評価を
駄目な自分に臆して裏切る行為というのは
想いを無碍にする以外の何物でもありません。
そんな恩を仇で返す動きをしていて
好結果が出てくるほど甘くはないのです。
ましてや、期待をするという事は、
「意識の具現化」への道程を指します。
努力を積み重ね、自信を手にして
想いの力場が強くなればなるほど、
その意識というのは
限りなく具現化へと近付いていきます。
それをわざわざ自ら放棄する
破棄する動きが、
「自分本位への屈服」です。
やれるだけの事をやり切り、
得難き自信を得たのであれば
形と成す為に期待をする。
そこには同じ想いの存在が
確実に傍に居る筈です。
そして、どんな結果となろうとも
万が一の結果となろうとも、
次へと繋がるものへと必ず昇華します。
ですから、
惜しみない努力の上に設けた自信を
源泉とした期待はすべきなのです。
これとは逆に、
根拠なき期待はお勧めしません。
そもそも努力もせずに期待する方が
どうかしているのですから。
なったとしても
最終的には
何かの所為にして
終わるんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
一昨年辺りから2025年は
至る所で懸念が評されております。
ことスピリチュアル業界に至っては
危ないのは4月だの7月だのと、
色々と噂されている感じです。
現世では少なからず何かしら
起きるものですから
そこら辺を気にしても仕方ないですし、
それでも気にするのであれば
「その後」に目を向けないと
意味がありません。
また、あにき目線で言えばの話ですが、
巷で言われている予期や予言などは
かなりポイントがズレていると
以前より感じています。
ですので、
気にしていないという感じです。
それよりも身近な点での懸念については
既に然るべき場であにきも話しています。
これら世間を賑わす話に関して
何を目的として広めているのか。
その方々の思惑などを推測する事が
非常に重要となってきます。
日頃より話している「仮説の構築」です。
これは話をしている側の様子や
その背景をよく視る事で情報を
纏める事が可能です。
何かしらのステータスに頼っていないか。
組織的背景は見え隠れしていないか。
多的思考による戦略誘導を執っていないか。
このブログ内でお話しをしている見極め方や
あにきがお会いして直接お話しをしている
「視る方法」を駆使すれば、
自ずと理解が出来てくるものです。
要は、
「よく視てよく聴いてよく考える」ですね。
先を視る先を知る上で、
一番の御法度は
「恐怖の煽り」と「意識的誘導」です。
恐怖というのは周りへと伝播します。
そして、その無知蒙昧な恐怖は
人の冷静な判断を狂わせます。
その場面で残るのが「意識的誘導」です。
意識は具現化へと進展します。
内容が善くも悪しくも具現化するのです。
善いものであれば歓迎ですが、
悪しきであれば複雑です。
けれども、先述した恐怖の先にあるのは
どう考えても悪しきとなります。
然しながら、人というのは無知であったり
周囲に流される状況となれば
恐怖の煽りに対して途端に
信望を持つ様になります。
ここの誘導をしている方々の思惑を
ちゃんと見極めないと駄目ですよ。
と、いう話が今回の内容です。
持てる知識は表層を透かします。
ミクロを視るならマクロを知りましょう。
視野を広く保つ意味が分かると思いますよ。
まずはシステムを
理解するんやで
意外な事が
視えてくるはずや
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
今年もいよいよ晦日となり、
忙(せわ)しくも
そこはかとなく揚々とした気分に
なられている方が
多いのではないでしょうか。
いらっしゃるでしょう。
歳末ですからね、
そんなものです。
(あにきは後者ですね)
こういった浮かれ気味な時、
以前よりお話している
「逆の感情を忍ばせる」を
意識するにはもってこいです。
もう皆さん御存知の通りですが、
高揚感が強い時というのは
運気が下がる契機となり得る場面です。
(レク15)
これは歳末や年始に
限った事ではないですが、
この時期のアクシデントは
なるべく避けたいものです。
なればこそ、
この場面で活かすという事ですね。
運気の維持は
日々の努力の積み重ねで成立します。
暮れの過ごし方でもなければ、
年始のご挨拶でもありません。
そういった括りを全て含めた
常日頃から「使う」を
意識しているか否かですからね。
まさに実践あるのみなんや
それを
日頃の業と
言うんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は、
ステップアップについての
お話をしたいと思います。
未来や将来の事を語る人は
大抵の場合、
不安や恐怖を煽るタイプが多いです。
理由は簡単で、
その方がセンセーショナルですし、
人々の目に留まりやすいですからね。
ですが、その結果
当然の様に人々の中には
不安や恐怖、絶望といった気持ちが溢れ
その次に
「自分だけは助かりたい」
という考えが芽生えてきます。
どこに行けば助かる?とか
何をすれば助かる?とか
主語が完全に自分のためという
自分本位な思考回路に陥ります。
防衛本能として備わっているものですから
確かにその通りですが、
あまりにも本能的過ぎる思考です。
以前から話している
ステップアップというのは、
この様な本能的思考を脱する事を指します。
皆が皆、自分を中心に据えているから
争いも絶えませんし、卑屈な形となっていく。
争いは嫌だと言いながらも、
いざ自分が何かに巻き込まれたら
直ぐに自分本位となるでしょ?
そこが問題でそれを変えないとダメ
と、言ってるんですね。
人々は平和を望むと言いながらも
思考回路は既存のまま。
根本や根幹が変わっていないから
平和や安寧というものが来ない。
常に何かに怯えて、何かに震える。
それを打破させる方法は、
人々の意識や考え方そのものを
変えないといけません。
この流れは既に始まっていて、
と言いますか、既定路線なのです。
前回も話しましたが、
今が二年目というのはその既定路線の中での
転換期という話です。
この既定路線そのものは
大昔から続いているものなのですよ。
そこで、人々が何を望むのか...
それが改めて問われる時期が始まっていて
今もその只中にある。
というのが事実です。
この先の近い将来に何かは必ず起こります。
天変地異、人災、戦争、
言い出せばキリがないですが、
何も起きないという方が不自然なのです。
人ですから何が起きるのかを気にするのは
当然の事ですし、それは自然な思考です。
ですが、問題はそこに固執するのではなく、
その時をその先をちゃんと生きられるか?
人として自分ではなく誰かの為にという
思考をちゃんと持ち得て行動できるか?
その誰かという枠の中を
人だけでなく万物に当て嵌めて思考できるか?
そこが確実に問われます。
その中で死も起きれば生もあります。
大量死にばかり視線が向けられがちですが、
そこには確実に「新たな生」もあるんです。
生きたい死にたくないという
本能的過ぎる思考ではなく、
果たして自分は何の為に誰の為に
目の前に広がり視えるものだけでなく
これから目の前に現れる今は視えぬ者へ
一体何が出来るだろうか?
という思考への変貌変化を理解して
日頃から実行に移す事が出来るかどうかが、
鍵となるんです。
とても抽象的な話の羅列となって
申し訳ないのですけどね、
この中心にあるのが愛や愛情であり
思い遣りであるんです。
実行へ移した人は自然と意味が身に入ります。
頭ではなく自然と理解が出来ます。
これが本当に問われるのはもう暫く先ですが
だからこそ、今から話しているのですよ。
ギリギリのタイミングですからね。
神さん仏さんや先人さん達の苦労が
本当に身に沁みるよ。
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は、先日のイベントに関した
お話しをしたいと思います。
悪霊や生霊に憑りつかれたり
もしくはその予備軍に
付き纏われたりした際の対処法として
専門職に依頼して処置してもらう事も
大切な事にはなりますが、
毎度毎度そう都合よく処置して貰える
とも限りません。
近くに居ないとか、
緊急過ぎるとか、
無理な状況というのは
幾らでもありますよね。
そこでやはり出来るのであれば
「自身で対処した方が良い」
という結論となる訳です。
せめて、応急処置くらいは
自分で出来た方が本当に良いです。
この時に、一番役に立つのが
「忘失」です。
これは
自分へ危害を加えてきている存在を
忘れるという手法です。
レクチャー8,12,16で教えた
「基本所作」を抑えた上での
行動にはなりますが、
これほど簡単な対処法は無いです。
詰まるところ、
「意識の方向の制御」
と
「意識の具現化」
の応用ですね。
意識の方向の制御(コントロール)は
言わずもがなの事です。
その時点で、一体どの方向へ
自分の意識が向いているのか?
外側なのか内側なのか...
それを制御して、
「意図的に方向を変える」
という事ですね。
意識の具現化は、
意識をした瞬間から現実への変貌が
始まりますから、
方向を変えたのであれば、
それを強化させるための手法です。
どちらも
「信に徹する」
「伝に務める」
「勇を用いる」
という向こうの世界の理を
理解出来ているからこそ為せる業です。
つまり、他力本願である内や
自身に引き籠っている内は
決して出来ない方法ではありますが、
言い換えるならば、
イベントでの「実験」を経験して
具現化を物理的に目の当たりとした段階で
既に理解は出来ていますし、
実験をご自身でも成功させたという事は、
徹して務めて用いれている
という証でもあるのです。
何故ならば、
あにきが説明をした理屈と
その流れと効果そのものを
言葉と感覚で
ご自身にプログラミングして
再現している訳です。
要は、
確実にステップアップ出来ている
という事です。
ですからね、
確かな自信を持って
前を向いていきましょう!