今回は動き方について
お話をしたいと思います。
世の中は常に忙しなく動いています。
特に何をと気にしなければ
そのペースに突き動かされたり
合わせてしまったりするものです。
世間が便利になればなるほど
そのスピードは増すばかりで、
自身の考えを介入させるよりも
周りの意見の方を優先させてしまう様な
悲哀な動きに満ち始めています。
自分の考えがあるから
動きへの正当性が生まれます。
他人の意思や考えに合わせて
自身を動かすことも出来ますが、
そこに意義が生じる事はありません。
所詮は駒の一つです。
自分で考えて自分で動く
言われたから動くのではなくて
自身の動機で地に足を付けて動く。
そこにはペースが生まれます。
誰かに操作をされたスピードではなくて
自分で創ったペースの事です。
生きている以上、少なからず
周囲に合わせる必要性は発生しますので、
他人のペースに合わせるのが
全て駄目だとは言いいませんが、
自己意思を介在させずに
と、いう話であるならば
無理に合わせるのは論外です。
如何に自身のペースを維持させるか。
自己意思に則った上で、
「何のため」「誰のため」を、
実行する事が出来るかが鍵となります。
自分のペースというのは、
何時如何なる場合でも
大切なものとなります。
自分の状況、状態、環境によって、
それは大きく変わってきます。
当たり前の話に聴こえると思いますが、
その当たり前に甘えてしまっていると
自分のペースに対する認識というのが
どこかへ行ってしまって気が付いた時には
周りに流されてしまうのです。
人より遅くても良いです。
以前よりも捗らなくても良いんです。
「今の自分のペースを最善と捉えて動く」
それを前提として考え方も構築させる。
思い出は優しいから以前の通りに
出来ると考えたくなりますが、
今の自分のペースを保持する事の方が
本当に優しい答えですからね。
自分自身じゃなく
ご家族などに
何かある場合も
同じ事が起きる
自分のペースは
結構変わるものやで


