今回は動き方について
お話をしたいと思います。
前回は頑張るという話をしました。
その中で、
「楽をする」と「無理をしない」
と、いうワードが出てきました。
本来のスピリチュアルに不慣れな方は
少々混乱されたかなと思います。
同じなのではないかと思えるこの二つ、
実は明確に違います。
動きとしては確かに似通っています。
肩を張らない的な意味合いに
違いは無いですからね。
然しながら、その意味の指す
意識の方向が変わるのです。
楽をすると云うのは
「自分のため」であって
意識の方向は内側へ向いています。
無理をしないと云うのは
「自分以外のため」であって
意識の方向は外側へ向いています。
所謂、「何のために」という点で
大きな違いが出てくるのですね。
ワードだけを取って見ていると
違いなんて無いものだと思えても当然です。
けれど、
ここでは「頑張る」という業の中での
この二つの立ち位置の話なのですね。
それを理解していれば、
説明が無くとも意味は薄っすら分かってきます。
「自分のために」という動きをすると
動きはどんどん緩慢になっていき、
やがては何もしなくなります。
元々、人はだらしのない生き物です。
動かなくて良いのであれば
何もしたくないのが本音ですからね。
それが自分中心となれば尚更加速します。
「楽をする」の行き着く先は
「動かない」であって
つまりは、「堕落」へと繋がってしまうのです。
それの裏側に位置しているのが
「無理をしない」という動きです。
「自分以外のために」という動きと云うのは
活力が湧いてきます。
動きとしては加速する感じです。
けれど、そこに落とし穴があって、
今度は無理をしてしまうのですね。
そうなった時に、余計な事をしてしまう。
「もっともっと」という俗欲が
ひょっこりと顔を出してしまうのです。
自分本位のお目見えです。
前回もお話をしましたが、
それではせっかくの頑張りも
本末転倒な結果となってしまう。
なので、自分以外のために「無理をしない」
この辺で止めておこう。
と、いう匙加減を使う事が出来るのです。
それは「昇華」へと繋がります。
同じ様に視えて全然違う二つの業。
これらの意味を理解して、
使い熟す事が想いの遣り取りには
必要になってくるものなのですよ。
理解する
頑張ることが
普通じゃないのは
こういうところで
分かるんやで


