2026年9月25日金曜日

幸せに手軽さは無い(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




発する言葉について
以前にも話しましたが、

「綺麗な言葉を使えば幸せになれる」

と、いう方がいらっしゃいますね。

僕はこれには懐疑的です。
まず、綺麗な言葉の意味が分からない。
定義というやつです。

貴族的な言葉遣いが綺麗なのか
それとも
単に綺麗とされる言葉が良いのか

綺麗の定義が無いのですね。
また、人はシチュエーションの中で
生活をしています。

あらゆる状況や環境があり、
それは刻一刻と変化します。

ずっと同じなんて事は無いですし、
突発的に変化するなんて事もざらです。

そんなシチュエーションにおいて
どうしても
汚い言葉を発する場面もあります。
発さなくてはならない場面もあります。

これらをちゃんと加味しているのかどうか
そこがハッキリしないのですね。




更には地域性というのもあります。

決して汚い言葉や粗暴な言葉を
使っている訳ではないのに、

その地域での言葉遣いによっては
荒々しく捉えられてしまう事もあります。
この時の差分などへの考慮などは

全くと言っていい程
考えられてはいない筈です。

そして、何よりも捉え方です。
言葉と云うのは、
相手の捉え方一つで全てが変わります。

綺麗な言葉を使っていても
何かしらの含みを込めていれば
それは綺麗な言葉を被った雑言です。

そういった点への解説や説明が
事細かにあるのであれば納得出来ますが、
まずそういった話はありません。

極論に近い話に聴こえるかも知れませんが、
敢えてそのように話をしています。

何故なら、この手の験担ぎを
カルト的に信望するタイプの人達は
柔軟性というものを
どこかに置き忘れてきた人が多いからです。

確かに言葉一つで人の幸せは変わります。
ですが、それはあらゆる場面で
言葉をしっかりと選択して

多少なりとも違和感無く
使い分ける事を前提としているのですね。

ある意味で
「ありのままの姿の体現」を実行する事を
指しているのです。

よく視てよく聴いてよく考える

自身の中で真摯に向き合って
ピントの合った言葉を選んで使う。

それが幸せへ通ずる一歩となるのです。
綺麗や汚いに躍らされずに
「ちゃんと自身で考える事が大切」
という意味なのですよ。

見た目の手軽さや
美しさだけに
惑わされないで
適宜対応出来る様な
柔軟性を身に付け
しっかりと考える事が
鍵となるんやで