皆さんこんにちは、あにきです^^
今年も一年を終えようとしています。
昨年のこの時期に、
お正月へ向けての記事を幾つか
認めさせて頂きました。
マイ神社は選びましたか?
初詣は如何でしたか?
あにきの話していた参詣法を
お試しになられた方限定となりますが、
今年一年を振り返ってみて、
如何でしたか?善きでした?
ご自身の魂の格(霊格)が
どれほどのものだったか...
実験してみてどうでしたか?
セッションやレクチャーを受けられつつ
小さい幸せを見付ける努力を
日々頑張っている方々は
そこそこ納得されたんじゃないかなと
思っています。
実際に、
運気が鰻の滝登りになっている方からの
ご報告も頂いていますからね。
勿論、皆が皆とは言いませんが、
ここで大切になってくるのは、
あにきがどうのこうのではなくて、
素直にきっかけを掴んで
ちゃんと信じるという事に徹して、
伝える汲み取る事を頑張って、
勇気を用いて半歩でも前に踏み込んだ方は
この一年間で、大なり小なり
「確実に結果を残せた」
という点です。
何となく歳の瀬を過ごすのではなくて、
この一年という年月を通じて
回顧と反省をして次へ繋げる。
善きだった方も、そうでなかった方も、
ちゃんと省みる事が重要です。
そして、一年という長期間
頑張った自分をしっかりと褒める。
普通に一年と言うと
長くも短くも感じますが、
太陽の周りを一周してきた期間です。
距離にして大体
942,000,000km
このぶっ飛んだ距離を
時速約110,000kmで
グルっとしてきたのが
1年間という期間です。
普段はあまり実感しませんが、
とんでもなく長い距離で長い時間が
一年なんですね。
この間を、
一生懸命に頑張ってきたのが
誰でもない貴方なのですから、
ちゃんと褒めてあげないといけないよなぁ!
って思えるでしょ?
と、同時に、
「下らない事で無駄に出来ないな!」
と、思えた筈です。
思い遣りを欠いて自分に甘んじたり、
何も信じないと意固地になったり、
その結果、
ちゃんと視たり聴いたりが出来ないから
自分の殻に更に閉じ籠ってしまって
人の厚意を無碍にして恩を仇で返す。
そんな人の流れを
先述した「確実に結果を残せた」方々は、
客観的に見聞きして
反芻する事が出来たからこそ、
無駄には出来ないと感じられたのです。
云わば、
貴方の努力の結果なのですよ。
運気というのは、
決してアバウトなものでもなければ
物に頼るものでもないし、
ギャンブル性のあるものでもなくて、
ご自身の努力一つで
必ず上向きにする事が出来るもの
という事を、
改めて実感されたのではないかなと
あにきは思っています。
で、もう一度聞きますが、
実験はしてみましたか?
今年やらなかったのなら、
せっかくですから、
来年はやってみたら如何ですか?(笑)
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は運気と素直さについて
少しお話をしたいと思います。
皆さん様々な理由で運気を上げたいと
考えていると思います。
今が嫌だからとか、駄目だからとか…
どんな理由でも良いのですけど、
利己的になっている内は、
運気なんてものは上がりませんし、
ましてや、
自身の思った事が叶うなど
決してありません。
何故かと言うと、
あまりに利己的、
自己中心的な思考となっているので、
そこに「素直さ」が欠如しているからです。
早い話、
心が載っていないという意味です。
心が載っていない。
つまり、薄愛となっている。
愛情欠落が起きている。
自分の事ばかりを見て周りを見れていない。
愛情よりも欲が勝っている状態。
利己的だったり、自己中だったりするのは
こういう状態になっていると言えます。
これをもっと簡単に表すと、
「素直さが低い」状態と言えるのです。
素直さというのは、
人により元々持っている量が違います。
それが、生きていく中で
増えたり減ったりするのですが、
基本的に今の現世というのは、
素直さが低い方が生き易い様になっています。
どうしてかと言うと、
常々お話をしている通り、
思い遣り(愛や愛情)よりも金(俗欲)
多>個という状態になっているからです。
この状態でいると、
「周りに流された方が楽チン」
という形になりますから、
素直さが増えるよりも、
減っていく方が圧倒的に多いです。
ここで、自分の素直さが減っている事に
気付ける人と気付けない人が
出てくるのですが、
気付ける人はまだ素直さを
元に戻したり増やしたりする事が可能です。
何故かと言うと、
このパターンの方は日頃から
素直さという点に於いて、
何とも言えない違和感を覚えているからです。
相談に乗るという行為が
分かり易いと思います。
元より素直さが高い人というのは、
相談事を受けた時に、
自然と真摯に向き合えます。
相談をされたので真剣に考えて、
時間が掛かっても答えを出そうとしたり、
気に掛けてあげたりします。
ですが、当の相手は
ただ話したかっただけとか、
言いたかっただけで、
酷い時は相談した事すら
覚えていなかったりする。
そんな最中、後日に話したりした時に
小馬鹿にされたり、辱めを受けたりする。
「元より素直さが高い人」というのは、
大なり小なりこういう経験をしています。
なので、
「素直に考える自分」と
「考えても意味が無いと思う自分」が
存在しているから、
それを違和感として抱えている事が多いです。
では、逆に
自分の素直さが減っている事に気付けない人は、
どういう感じかと言いますと、
どの様な局面であったとしても、
最終的な判断は、俗欲的価値観となります。
金銭的な面だったり、
世間体的な面だったり、
「相手がどう思う?」とか、
「こうしてあげたい!」などの気持ちよりも
「自分だけは助かりたい」
「(この場から)逃げ出したい」
「自分は損をしたくない」
みたいに利己的な感覚が主となるので、
そもそも先述した様な違和感を
覚えていないとか、消し去ってしまうのです。
これでは、素直さを増やすなど
土台無理な話です。
素直さが足りていないと、
人の話をちゃんと聴いたり、精査したり
また、人に話をちゃんと伝えたり、
人の事をよく視たりする事が
出来なくなってきます。
運気を上げるには、
信に徹するという業が必要になります。
自分も相手も信じる、それに徹する。
そう出来る様に努力するという意味です。
それには素直さというのが必須となりますが、
欲が勝っている以上は、
他者は疎か、自分を信じる事すら出来ません。
神聖な場所へ行こうが、人と話そうが、
神秘体験をしようが、
奇跡を目の当たりにしようが
それを受入れられないという事ですからね。
どう足掻いても運気なんぞ上がらないのです。
それよりも逆に恨みや念が募っていき
やがては貧乏神へと堕ちていく。
そろそろお正月です。
気になる方は、
初詣などでご自身の素直さの高さを
試してみるのも良いかも知れませんね。
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回はお客さんより
前回の記事についてのご感想と
実体験談を戴きました。
という訳で、
早速ご紹介させて頂きます。
注:
()部分は、読みやすい様に
あにきが加筆しました。
改行は、あにき仕様です。
ブログ読みました。
瞬間瞬間を意識して生きる。
随分意識していても、
ふとした瞬間
何かに流されてしまう事があるので、
気をつけて過ごしています。
たまたまなんですが、
昨日(前記事の前の晩)の朝起きた時、
「今日も生きている。普通に目が覚めた。
みんなもいる。善かった。」
と、心からそう思ったんです。
病気したり、
家族に何か不安を抱えている時に
思うことは今までもありましたが、
特に大きな事を抱えていないのに、
意識しなくても自然にそう思ったことは、
今までに無い感覚でした。
それから急に、
瞬間瞬間への意識がしやすくなったというか、
上手く言えませんが、
目的を持って行動する
ということに意識が高まり、
何かに流される前に
意識しやすくなった気がします。
これを気のせいにしないで意識していこうと、
ブログを読んで更に思いました。
今、この瞬間を愉しんで生きる。
本当に大切なことですね。
以上、Hさんからの
ご感想と実体験談でした。
皆さんこんにちは、あにきです^^
前回は自己憑依のメカニズムを
お話をしましたので、
今回は解除の方法についてです。
前回にお話をしました通り、
自己憑依には除霊等を使えないので
解除するには、独特の方法を用います。
解除者の必須となるのは、
霊視と経験値です。
霊視はそのまま霊視です。
罹患者の念の出処(根源)を
探るのに使います。
経験値とは、解除者の人生における
経験そのものを指します。
これがかなり重要となってきます。
罹患者に於いては、
過去の話が可能かどうか?
自身の過ちを受け止められるかどうか?
が、最低限のポイントになります。
最初に罹患者からの状態を聞き取りしながら
霊視を同時に行います。
通常のカウンセリングとやり方は似ています。
ここで注意すべきなのは、
罹患者に寄り添いながらも
同情を極力排除して聴く事です。
その時、
罹患者・原因・関係者などを
話の中で分離させながら混同点の瓦解を
目指していきますが、
原因についての言及は解除初期の段階では
行いません。
ここで、言及してしまうと
話が転換してしまい、ループが始まります。
霊視は主に原因の裏打ちに使います。
その中で、
罹患者本人に対する霊視は勿論のこと、
関係者や原因が人・動物の場合は、
そこへも霊視を効かせます。
罹患者との話の中で意味を成してくるのが
解除者の経験値です。
罹患者と似た様な自身の経験や
これまで出会ってきた人の体験、
または触れ合ってきた数が物を言います。
つまり、
霊は視えてる霊能者でも
人の心が分からなかったり、
人付き合いが少なくて辛さが理解出来ない、
社会経験が浅かったり薄かったりする場合は、
罹患者への問い掛けそのものが
不可能になってきますので、
逃げ道が生じてしまい、
”納得させる”という解除点に
到達出来ないのです。
自己憑依状態では、
自身の意見や意思の肯定と否定を
頻繁に繰り返します。
これが幽体への被覆の最たる特徴で、
霊体による自我との交錯が
とても頻繁となるのです。
なので、”納得”という点に
自然と到達させる必要が生じます。
ですから、同情よりも断言が
解除者には必須となるので、
それには経験が絶対条件となる訳です。
考えてみれば簡単な事でして、
経験が浅いと、不安が生じますよね。
すると、断言など出来ませんから、
当然に曖昧な言葉となります。
その時には解除者には保身が生じるので
同情的な言い回しとなる訳です。
そうなってしまうと、
罹患者によるループが始まるので、
納得には程遠くなり解除が出来なくなる。
という流れを回避しないといけませんから、
断言をする為にも、霊視と経験値が
重要な要素になるのですね。
解除そのものには、
罹患者の自浄作用を利用します。
憑依と違い、
霊体への干渉が生じていませんので、
きっかけを作り、背中を押してあげれば
自浄作用は機能を増幅できます。
但し、
事後の定期的なケアは必須です。
憑依と違い自身の負の側面がトリガーに
なっている事が殆どですから、
原因を排除出来たとしても、
負の側面を受入れられる様に
心の許容の確保に努めてあげないと
根本の解決にはなりませんので、
再発再燃する事が多いです。
ですから、急がば回れの精神で
期間を有してケアを促す事が大切です。
この様に、自己憑依は自身の念が
被覆してしまっている関係で、
どうしても時間が掛かる霊障にはなりますが、
ご本人さんの素直さが残ってさえいれば、
解除と再発防止は高確率で可能です。
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は自然霊との話し方のおさらいです。
前回までに主要な自然霊との話し方や
大まかな性格等を解説してきましたが、
これはそのまま人に対しても
当て嵌める事が出来ます。
人にはそれぞれ支配霊という
カテゴリ分類が存在しています。
そして、それは一人一人異なります。
・龍神さんグループ
・お稲荷さんグループ
・天狗さんグループ
・鳳凰さんグループ
・狛犬さんグループ
これまでお話してきた内のどれかに
人は必ず当て嵌まります。
人の話し方や思考には特徴が出ます。
ただ漠然と聞いているだけでは
皆目見当も付かないでしょうけど、
相手の言葉を真剣に聞いていれば
自ずとその形は視えてきます。
もし、その時に、
ある程度の特徴を抑えておけば、
人と話す時の貴方のスタンスを
貴方が位置付ける事が出来ます。
そうすると、必然的に
悩みの程度が変わってきますよね。
誰でもかれでも同じ様に話すから
余計な問題や悩みが生じてしまう。
では、その悩みの根本は何か?
相手との意識が合わないという点です。
相手全員を万人との意識を合わせる
なんてSFみたいな事は難しいですが、
ある一定の特徴を備えていれば、
自身の受け止め方は臨機応変に
対処させる事が可能になってきます。
意見が合わないから悩む
性格が合わないから悩む
この時の悩みというのは、
考えもしない内に
自分の正義を中心に
据えてしまっているから悩むんです。
自分=正義
相手=悪
この形を作ってしまっているのです。
人と言うのはそんなに単純ではないです。
複雑だからこそ大変なのに
思考も行動もせずに
悪戯に簡素化してしまうから、
要らぬ悩みを生じさせてしまう。
それであるならば、
安易に己の中で勧善懲悪な形を設けずに
相手をコントロールする事を
その術を使い熟せばいいのです。
相手に合わせて話し方を変える
というよりも
自分に落とし込む中身を変えるのです。
例え微々たる特徴だとしても
それさえ掴んでしまえば
自分の中での整理ができますよね。
物と同じで、雑多にしておくよりも
整理整頓しておいた方がよく見渡せます。
その中から選ぶのも簡単です。
ましてや、
人というのは生物でもありながら
ある種、情報の塊とも言える存在です。
情報という事であれば、
ソートしておくのが常識です。
この手がかりであり
きっかけと成り得るのが
前回までに解説をしてきた
『自然霊との話し方』なのですね。
自分の中で相手の事を纏めていく。
パズルのピースを嵌めていく感じです。
それが出来ると
相手の言動に合わせる事も
徹底的に拒否したり、
逆に嫌がられる様に仕向ける事も出来ます。
言い方はどうあれご自分に対して
相手が合わせるという流れを作る。
これが結果として悩みを減らして、
幸せを増やす事に繋がり、
果ては運気を上げる事に繋がるのです。
その為には真剣に
話を聞いたり観察をするといった
努力が必要になってきますし、
時には意図的に悪役となる事も大切です。
それなのに、綺麗事に溺れているから
一歩も二歩も出遅れてしまって、
嫌な事が続く様になる。
いつも同じだと考えない。
微々たる変化も見過ごさない様に
真剣に向き合って自分に落とし込む。
覚える為の自分なりの努力と
臨機応変な思考を心掛ける。
与えられたのであれば、
即座に活かすくらいの度量が必要です。
スピリチュアルというのはね、
実戦で使用してなんぼだというのを
忘れてはいけませんよ。