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2024年12月31日火曜日

常に全力で愉しむには(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^




本年も大変お世話になりました。

まもなく令和の6年が
過ぎ去ろうとしています。

皆さんにとっての本年は
どんな一年だったでしょうか。

「善かったとしても」
「悪かったとしても」

そんな令和6年とは
もうすぐお別れです。

そろそろ問答無用で訪れる
令和の7年目を
気持ち良く迎え入れて
善きで素敵な一年となる様に、

残された時間でスッキリと
禊を付けましょうね。

それでは、
皆さん善いお年をお迎え下さいませ。


飲み過ぎ上等
食べ過ぎ上等
変に気を遣わずに
お正月なんやから
愉しめばええやん


知らんけど

2023年12月29日金曜日

新年だけの挨拶(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

暮れも差し迫って参りましたので、
今回も新年へ向けての
お話をしたいと思います。





お正月という事で、色々な場面で
挨拶をする事が多くなりますが、

その中で
『新年だけの挨拶』
をする方がいらっしゃいます。

「明けましておめでとうございます」

とか、そういう意味ではなくて、

普段は連絡も何もして来ない、
会う事も無い、話す事も無い、
というか、自分の事に感け過ぎて
完全にこちらを忘れている。

それにも関わらず、
さも普段から考えていますよ、
忘れていませんよみたいな感じで
してくる挨拶の事です。





昔であれば、ここまで情報化や
連絡手段が発達していませんでしたから
自然と新年に連絡を取ろうと
年賀状等の意味がありましたが、

昨今の情報伝達手段の発達において
文化的継承や趣味など以外で
その意味合いは消失していると、
あにきは感じています。

そういった中で、
普段は足跡一つ残さない人が
あーだこーだと理由を付けて
挨拶をしてくる事があると思います。

あにきの所も例外ではなくて、
例えば、仕事の面に限定をしますと
普段セッションなどには来ないのに、
それっぽい挨拶だけは送られてくる。

決まって一言追加されていますが、
新年からそんな言い訳を聞かされて
気持ちが良いとは思いません。

寧ろ、
ご自分の事やご利益の事しか
考えていないのだなと
よく分かる一文ですので、
明らかなマイナスとなる訳です。





以前もお話をしましたが
思い遣りというのは、
思いを遣り取りするから
「思い遣り」なんですね。

普段よりそれが欠けている人から
それっぽい定型文を貰っても
一言で表わすならば
不快でしかない訳です。

新年早々にそういった
自己中心的な自己満足な
行動を取れるのも
貧乏神や貧乏神候補生の特徴の一つです。

逆に言えば、
そうなりたくなければ
普段よりちゃんと思い遣りを
持っていればいいだけなんですね。

そこら辺の見極めも大切になってきます。

もし、ご自身の中で、
そういった方から「新年だけのご挨拶」が
送られてきた際に、返答をするよりも、
スルーしてあげるという対応も
決して間違いではありません。

礼儀に反すると思われるでしょうけど、
それは普段から
「まともなお付き合いが出来れいれば」
のお話ですよね?

貧乏神と同族認定されたくなければ、
スルーしても何ら問題なぞ無いのですよ。

新年を気持ちよくスタートする為の
断捨離の一つですね。


2023年12月26日火曜日

さぁ、一年を振り返ろう(運気UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今年も一年を終えようとしています。






昨年のこの時期に、
お正月へ向けての記事を幾つか
認めさせて頂きました。


マイ神社は選びましたか?
初詣は如何でしたか?

あにきの話していた参詣法を
お試しになられた方限定となりますが、

今年一年を振り返ってみて、
如何でしたか?善きでした?

ご自身の魂の格(霊格)が
どれほどのものだったか...
実験してみてどうでしたか?





セッションやレクチャーを受けられつつ
小さい幸せを見付ける努力を
日々頑張っている方々は
そこそこ納得されたんじゃないかなと
思っています。

実際に、
運気が鰻の滝登りになっている方からの
ご報告も頂いていますからね。

勿論、皆が皆とは言いませんが、
ここで大切になってくるのは、
あにきがどうのこうのではなくて、

素直にきっかけを掴んで
ちゃんと信じるという事に徹して、
伝える汲み取る事を頑張って、
勇気を用いて半歩でも前に踏み込んだ方は

この一年間で、大なり小なり
「確実に結果を残せた」
という点です。





何となく歳の瀬を過ごすのではなくて、
この一年という年月を通じて
回顧と反省をして次へ繋げる。

善きだった方も、そうでなかった方も、
ちゃんと省みる事が重要です。

そして、一年という長期間
頑張った自分をしっかりと褒める。

普通に一年と言うと
長くも短くも感じますが、
太陽の周りを一周してきた期間です。

距離にして大体
942,000,000km
このぶっ飛んだ距離を

時速約110,000kmで
グルっとしてきたのが
1年間という期間です。

普段はあまり実感しませんが、
とんでもなく長い距離で長い時間が
一年なんですね。

この間を、
一生懸命に頑張ってきたのが
誰でもない貴方なのですから、

ちゃんと褒めてあげないといけないよなぁ!
って思えるでしょ?





と、同時に、
「下らない事で無駄に出来ないな!」
と、思えた筈です。

思い遣りを欠いて自分に甘んじたり、
何も信じないと意固地になったり、

その結果、

ちゃんと視たり聴いたりが出来ないから
自分の殻に更に閉じ籠ってしまって
人の厚意を無碍にして恩を仇で返す。

そんな人の流れを
先述した「確実に結果を残せた」方々は、

客観的に見聞きして
反芻する事が出来たからこそ、
無駄には出来ないと感じられたのです。

云わば、
貴方の努力の結果なのですよ。

運気というのは、
決してアバウトなものでもなければ
物に頼るものでもないし、
ギャンブル性のあるものでもなくて、

ご自身の努力一つで
必ず上向きにする事が出来るもの

という事を、
改めて実感されたのではないかなと
あにきは思っています。





で、もう一度聞きますが、
実験はしてみましたか?

今年やらなかったのなら、
せっかくですから、
来年はやってみたら如何ですか?(笑)


2022年12月10日土曜日

お正月へ向けて

皆さんこんにちは、あにきです^^

師走も10日が過ぎようとしています。
早いものですね('Д')

あれやこれやと過ごしているうちに、
あっという間にお正月です。

お正月と言えば初詣ですが、
この初詣で色々と分かることが出来たり、
一年の慶を変える事が出来るとしたら
どうします?




【 あにき’S参詣法 】

神社だろうとお寺さんだろうと、
初詣に出向いたら、
恐らくですけど多くの方々が
ご利益を祈願しますよね?

あにきはこれをやりません。

では、何をするのか?
僕は神社へ参詣するんですが、
手水舎で清めたら鳥居で一礼。

この時は、お邪魔しますと
心の中でご挨拶。

お邪魔するんだから、お邪魔しますと
挨拶しなきゃいけませんよね。
他所のお宅へ伺う時にもそうするでしょ?
神社だってお寺さんだって同じです。

テクテクと歩いて拝殿に着いたら、
お賽銭を奉献して
2礼2柏手1礼をします。

この時には祈願ではなく、
まずはご挨拶、
(神様こんにちは!ご無沙汰してます。)

その次にお礼。
(旧年中はお世話になりました。)
(お陰様で過ごせました。)

次に抱負。
(今年も宜しくお願い致します。)

最後にまたご挨拶。
(じゃ、またね!)

テクテクと歩いて鳥居まで戻ったら
振り返って一礼。
(お邪魔しました(*- -)(*_ _)ペコリ)

以上です。これだけ。




余計な祈願はしませんし、
ご利益も求めません。
一年を通じて氏神さんや大神さんを
身近に感じ続けられるだけで十分なので、
あくまでも新年のご挨拶だけです。

何か一つを祈願するのではなく、
ただただ一年を一生懸命に生きる。
だから、まぁ見てなよ!
って感じ。

見守って下さいとも言わないし思わない。

神さんや仏さんって、
皆さんが思っている以上にフランクだし、
堅っ苦しくない存在だから、
このくらいが丁度良いんですよ^^

それに、こうすることによって、
神頼みという他力本願ではなく、
自分自身が腹を括る事になるから、
要は覚悟の程を決められるんですね。

頑張らないといけないのは自分だし、
いつでも自分を見ててくれる、
見られてると思えれば手抜きは出来ないし
気合いだって入るでしょ?

まさに、一年の慶は元旦にありです。




あ、あとね。これをやると副産物として、
ご自分の魂の格の高さ(霊格)も
分かるんですよ!

こんな方法で初詣をして、
その一年が例年と比べて過ごしやすかったら
そこそこな霊格は持ち合わせている証拠だし、

逆に下がってしまったら、
自分が思ってるよりも格が低いってことです。

勇気を用いて試してみて下さいな^^