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2023年7月16日日曜日

さぁ、自分の幸せを数えろ!

皆さんこんにちは、あにきです^^

あにきの住む所では、
ひぐらしの声が響く様になりました。
季節を肌で感じられるのが
とても幸せなんですよ(^^♪



さて、幸せと言えば、
小さい幸せの話になりますが、
皆さんは小さい幸せに気付ける様に
なってきましたか?

未だに分からない?
ちょっと分かる様になってきた?
だいぶ分かる様になった?
分かりみ?

人によって受け取り方や
気付き方は様々だと思いますが、
この小さい幸せに気付ける様になると
普段見ていたこの世界が
とても細かく視える様になるので

まるで別物になったのでは?
という程に何かと変わるものです。



特定の人や物がキラキラして視える
逆に薄暗く視える...という様な
視覚情報が変わる人も居れば、

見え方は変わらないけど、
触れ方や温度の感じ方が
変わる人も居ます。

それまでの生活が単調だったり、
大雑把と言うと失礼かも知れませんが、
何となく過ごしてきた人からすると
幸せの定義そのものが変わる人も
いらっしゃいますから、
なかなかどうして面白いものです。

気付こうと思っている内は気付けない。
けど、気付ける様になると
気になって仕方が無くなる。



本来の気付きとはこういうものですし、
まして、小さい幸せへの気付きは、
それを更に細分化したものですからね。

最初の内は実感すら湧きません。
ある時突然に実感出来るようになる。

それも、自分で気付ける事はほぼ皆無で
教えてもらってようやく理解に及ぶ物。

なので、一度気付いてしまうと
今度はもう気になって仕方が無くなる(笑)
という流れになるんですね。

これぞスピリチュアルですよ!




2023年5月16日火曜日

神秘性ZEROのスピリチュアリスト

皆さんこんばんは、あにきです^^

今回は、『こんな風にしていきたいな!』
という、あにきの目指すスピリチュアルの
形についてお話をしようかと思います。




ー業界に興味のない本物ー


昨今、本物偽物が多々あれども
スピリチュアル業界というのは
多種多様な形で存在をしています。

ぶっちゃけた話なのですが、
あにきはこの業界に全く詳しくありません。

何故かというと、
元々不思議な体験を重ねてきているので、
人が作ったアレヤコレヤに対して
まるで興味がないというのと、

そもそも、そういったのが大概の場合
的を外しているという点で話にならないのと、

金儲けに走っている人達の始めたものが
多すぎて根本的にうんざりしているからです。

なので、あにきよりもお客さんの方が
専門用語とかにはお詳しいといった現象が
日々普通に起きています。
(よく教えて頂いていますw)




ー先入観を逆手に取った淘汰ー


スピ好きな方から見れば、
そんなふざけた男ですから、
お会いして出だしで残念な顔をされる事も
以前はよくありました。

けれども、これって重要な面だと思っていて、
誰しもが思い描いているスピに対する先入観や
固定概念をぶっ壊すには丁度良かったんですね。

先入観というのは、己の目線や意識を曇らせます。
時に判断力すら奪います。
だからこそ、スピを騙った偽物が多いし
ねずみ講の様に膨れ上がっている。

その結果、本物と呼ばれる希少種は
どういう訳か奇行種の扱いに分類されてて
剰えスピ好きの方々の間でも邪険に扱われる始末。

(まぁ、いつの時代でも前任者達は皆同じ苦境を
味わってきていたんですけども…)

とは言え、
それはそれで本物を選ぶ為の淘汰には都合が良い。
何の本物か?
本当に困っているお客さんを選べるからです。
つまり、本物の お 客 さ ん 。




ーカタチに囚われないという大切さー


そんな細かい面で残念な顔をする人や
よく分からない理屈を捏ねる人、
自慢のスピ知識(贋作)を披露したい人は
そういう人の所へ行けば宜しいし、

あにきとしては、本当に困っている人を
助けられるならば助けてあげたい訳ですね。

なので、カタチには拘らない。

この業界人ってやたらと神秘性をその姿に
出そうと必死だったりするんですよね。
神々しく魅せたいのか何なのか...

そんな事しなくても、神秘性ってのは
そこら中に転がっているし、
着飾ってどうなるものでもない。

服装をキンキラキンにすれば
神秘性が湧くものでもないし、
ジャラジャラを沢山付けていれば
力が宿るものでもない。

そういう意味でも、どこにでもいる
おっさんを貫いているし、
なにせ一人称は「おじさん」ですからね。

パッと見の神秘性なんて皆無です!





ー眉唾物が当たり前の常識にするー


本当の神秘性というのは
仰々しく着飾って見せるものではなくて

『言葉を通じて知らせるもの』
であり
『当たり前に触れられるもの』
であり
『得も言われぬ感覚で目の当たりにするもの』
なのです。

ならばこそ、既存の情報を払拭してこそ
意味があるものですし、
聞こえの良い言葉や都合の良い見た目よりも
当たり前に溶け込んでいる方が善いのです。

それをもっと浸透させ、
誰しもが神秘や奇跡を身近に感じられる...

そんなのがあにきの目指す
スピリチュアルの形です。

恐らくこれが本当に叶うとしたら
軽く1000年以上は必要になると
思っていますけどねw

2022年11月5日土曜日

もっと身近な場面で活かす…(丸腰でお化けシリーズ)

皆さんこんばんは、あにきです^^


今までお話をしてきた
丸腰でお化けシリーズ三部作。

実は日常生活での応用が効くんですね。
お化けなんて全く関係ないのにです。

理屈は簡単で、
お化け…
つまり、肉体を持たない念のみの存在に
遭遇した時の手段なのですから、

念であれば、私達だって持ってる訳で、
自分の精神的な面をコントロールするのに
もってこい!という訳なのですよ。

実戦的スピリチュアルって感じかな(笑)




例えば、1作目でお話をした
落ち着くためには【手を視る】という方法。

これは、緊張した時や興奮した時に
落ち着かせたり、己を解したりするのに
とても有効的に使えます。

深呼吸とかをして、自分の手を視るだけ。
両手でも片手でも掌でも甲でも
何でも良いです。

黙って数秒~1分くらい視ててご覧なさいな。
不思議な程に落ち着きますから^^

手に人を書いてペロンチョするよりも、
よっぽど効きますよ。




3作目で書いた【感覚の分析】は、
対人的な場面で応用が効きます。

例えば、会ったばかりで
見た目や雰囲気では判断することが出来ない
人っているでしょ?

勧誘とか、街中で声を掛けてくる人とか、
そういう知り合いとかじゃない人のことね。

おや?!って、思った時に
自分がどういう感覚を得たのか?
ってのを敏感に察知できれば、余計な危険や
面倒をしっかりと回避できます。

人が良さそうにしていても悪人とか、
強面でもめちゃ良い人とか、
清楚系クズとか色んな人が居るよね。

目で視えてしまうからこそ、
見た目に惑わされてしまったり、
誤ってしまうものなのだから、
そこは相対した時の感覚に委ねればいい。

相手を疑ってかかるのではなく、
自分の中の感覚に耳を傾けるんです。

この時に、あえて視線を外したり、
姿を見ない様にすると、精度は上がります。




2作目の【護ってくれてる人を思い浮かべる】
ってのは、焦燥感や孤独感、不安や戸惑いを
覚えて辛い時に使えます。

皆がみんな友達たくさん!って訳ではないし、
家族や仲間に囲まれていても、
孤独を覚えてしまう瞬間ってあるでしょ?
(そういうのが全く無い人が羨ましい…)

そんな時に使うんですよ↑



ダァーッっと書きましたけど、
これらがどうして効果的かと言うと、
繰り返しになるんですが、

肉体を持っていたって、僕らはみんな
中身はお化けと同じだからですよ。

結局は念、
つまり想いによる作用が強いからです。
それを肉体が惑わす。誤解させる。

ちゃんと見聞きしなきゃならないものを
視えなくさせてしまう、
霞ませてしまうんです。

それであるならば、補正するのなんて、
心に目を向けたり耳を傾けるのが一番だと
分かるものなんですけどね。。。




僕の中ではスピリチュアルや霊的作用?
ってのは、
最も身近で最も遠いものだと思っています。

誰でも自然と得ているものなのに、
対外的には、

視えないから信じない、
聞こえないからわからない、
話せないから考えない、
触れないから認めない。

これの一点張りになってしまうからです。
何とも寂しい限りです。

それに皆さんなんだか妙に堅っ苦しく
考えているしね^^;
(実際には全然ちがうんだけどさ...)

だからさ、こうやって日常生活の中で
すごく身近に活かしてくれたら、
もう少し認識が変わってくるのかなぁ?

なんて思いながら、
いつもこの手の話を書いています。