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2025年5月7日水曜日

自分の中の自分本位(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




自分本位思考というのは
誰の中にでも存在します。

自分は気を付けているから大丈夫と
思っていても必ず存在します。

寧ろ、そう考えていると
制御が効かなくてエライ目に遭います。

それ程に身近なものであり、
切っても切れない俗欲が
自分本位というものです。

そんな自分の中の自分本位思考を
目で見て確認出来るのなら
これほど助かるものはないですね。

では、どうやってそれをやるのか。
難しく考える必要は全くありません。

ここを読めば良いのです。




ここというのは、
このクソブログ自体の事です。

難しいですよね。これ。
わざと難解に書いてる訳ではなくて
この方が「書き易い」だけです。

「読み易さ」という点に焦点を絞りこんだ
書き方も実際には出来ます。

ですが、最早その段階ではなくて
「濃い内容」に焦点を合わせた方が
皆さんの為になりますし、

濃くするのであれば投稿頻度も
増やす必要がありますから、
書き易さ重視にしているのですね。

こんな書き方が書き易いなんて
イカれてるとしか思えないでしょうけど、
昔取った杵柄としか言えないので
こればっかりは仕方ないです。

さて、何故この話が自分の中の自分本位に
繋がるのかと言いますと。




ここを最近初めて読んだ方の殆どが
難しいと思われた筈です。
実際、直接そういうお声も耳にしています。

ですが、それは最新の記事とかを
読まれているからに過ぎません。

バックナンバーを読めば分かりますが、
先程述べた通り直近の記事と比べると
段違いに読み易くなっています。

と、言いますか、
書き方そのものが今と違います。
とても入り易くなっています。

最初の記事から読めばいいのを
横着したのは何故ですかね。

こうして言われてみると
最初という基本を読みもしていないのに
難しいと断定するのは
些か違うのではないかと思いませんか。

そう思えたのであれば、
それが「貴方の中の自分本位」です。




書き手には書き手の思惑があります。
読み手はそこを読み取ってこその
読み手です。

これが書き物に於ける「気持ちの咀嚼」であり、
想いの遣り取りであり「思い遣り」です。

けれども、そこを横着という俗欲の型を
実行させたのは誰でもない貴方です。

「新しい情報が欲しい」
「気になるものだけ欲しい」
「全部読むのは面倒臭いから」

挙げたらキリがないですが、
横着の要因は概ねこんなところでしょう。

見事なまでの俗欲であり、
改めて言われてしまうと
呆れる程の自分本位思考ですよね。

敢えてディスった感じで話しましたが
この様に自分本位思考なんてものは、
誰でも抱えているものなのです。

ここでいちいちショックを受けるのではなく
はたとその事実のみを受け止める。

「私は大丈夫だった」とか
「そんな風には思っていない」とか
「書き方が悪い」とか

何やかんやと言い訳をして
「嫌な事実」から目を背けるのではなく
素直に「自分の中の自分本位」を受け止める。

このサイクルを日々繰り返す事が
駄目な自分の制御に繋がっていき、
愉しみを増やして運気を上げていくのです。

何事にも基本や基礎というものが存在します。
その土台なくして応用をする事は叶いません。

対人で言うところの、
「斜め読み」や「流し聞き」がこれに該当します。

ですから、
「よく視てよく聴いてよく考える」事が
大切になってくるのですからね。

これが理解出来ない
どうしても楽したい
自分は大丈夫
自分は悪くないと
思う人が
貧乏神になるんやで

2024年9月10日火曜日

せめてもの業(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。





人は誰でもそうですが、
油断をすればいつでも自分本位な思考や
行動をしてしまいます。

なので、常日頃から
気を付けていないといけない...
という結論に至ります。

けれども、
その気を付けるにしても
なかなかどうして難しいものです。

実際のところ、
どこに気を付ければいいのか
それが分からないと思うんですね。

ぶっちゃけ、
「どこ」ではなくて
「全て」に於いて
気を付けないといけないのですが、
それが出来れば苦労はしませんよね。

ですから、
せめてここは、
この業(おこない)だけは
押さえておきたいよね。

という点をお話しします。

色々とあるのですが、
1つだけ選抜するとするなれば、

「相手の気持ちを考える」

という点に尽きます。





何故かと言うと、

どんな時でも何をしていても、
これが一番の盲点となり得るからです。

嬉しくても悲しくても
怒っていても楽しんでいても

どんな感情の場合でも、
自分本位という状況に陥れば
かなりの確率で相手の気持ちを忘れます。

それが災いを盛大に呼び込むのです。
恨みを買うという意味ですね。

なので、
自分本位になっちまうのはダメだけど
そうなるのは仕方ない。
人の性だと割り切った場合、

せめて、
「相手の気持ちを考える」
という業を事後で良いですから
実行できる様にすれば、

かなり前向きに流れは変わります。
もっとも、その際に

「(相手も)自分と同じはず」
「同じ思考だろう」

みたいな感じに考えていたらアウトです。
人は一人として同じではないですからね。

最低限この業を意識する事を
忘れなければ、少歩だとしても
前に進んではいけます。

そして、
その相手とは「人に限らずに」
という点もお忘れなく...


2024年3月6日水曜日

運気を上げるコツ(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回はコツの話をしたいと思います。





人は誰一人として同じではありません。
見た目も中身も何もかも、
同じという事は有り得ません。

その中で、意見が一致したり、
考え方が似ていたりするから、

ついつい自分との完全な同一視をしたり
言葉無くして察するという
意識下での同意に
重点を置いてしまいがちですが、

そもそもそれは偶然の産物で、
自身でコントロールして
培ったものではないのですよ。

そんなあやふやな物に頼るから
運気どころか、
人の思いも信じる事も信じられる事も
分からなくなってしまう。





それを自身でコントロールして、
意識下での同意が出来る様にすれば、
それは必然と変わります。

普通に考えてみて、
一年の内に人との言葉無き察しなんて、
どれだけありますか?

言って数回程度の事象を必然と言えますか?
冷静に考えれば、
そんな風には言えない事くらい
誰だって分かるものです。

そんな曖昧な副産物を
確固たるものへと変えられるとしたら、
話は変わってきますよね?

それに必要なコツがあります。
何かというと、「話す事」です。

会話です。単純に。

ただ話すのではなくて、
相手の意思や意図を汲み取る様に話す。
自分の意思や意図を明確に伝えられる様に
努力して話す。

変なところで、
「廉価版無言の境地」を使わない。





いつ何時誰と会おうが話そうが、
それが身内だろうが他人だろうが

自分と同じ感性や感覚や感情や気持ちを
持ち合わせているなどとは
考えもせずに話をしてみれば分かります。

振り返って考えた時に、
今まで生きてきて自分と全く同じ感性や
感覚、感情、気持ちを持ち合わせていた
人なんていましたか?

存在していたと言う人も
居るとは思いますが、

それは、常に同じでしたか?
一時的な場面での一過性のものでは
なかったですか?

貴方が合わせていたり、
合わせてもらってたりしただけでは?

善い部分だけでなく、
悪い部分も面と向かって話せましたか?

自分もそれを言われて
平気でいられましたか?

恐らく無かったと思いますよ。
それが普通ですから。

なのに、同一視をしてしまうのが、
人間の曖昧さであり、
のっぴきならない欠点の一つです。





ですが、欠点という事は、
言い換えれば補って正すことが可能
という事でもあります。

つまり、偶然の副産物を
必然の和合化が出来るという意味です。

その為に必要なものが、
先述した「会話」です。

言葉にして会話する。
文字にして会話する。

同じに見えて難易度は全然違います。
会って会話するのと
声だけで会話するのでも違います。

相手が窺い知れないと
同じニュアンスを伝えるにしても
その労力が変わります。

そこを省いて勝手な想像で補ったり
勝手な同一視をするから齟齬が産まれる。

その齟齬を取除くためには、
更に数倍の労力が必要となります。





相手との意思疎通を行う上で
最も大切な「気持ちの咀嚼」を怠るから

要らぬ恨みを買う羽目になり
運気の上下が激しくなるのです。

であるならば、
相手の気持ちを咀嚼するという一点に
焦点を当てて会話に興じれば、

自ずとコツの答えは見えてきます。

勝手な想像も同一視もせずに、
相手の気持ちを咀嚼する為には、
一体何が必要なのか?

そして、そこで得られるものは
何なのか?

考えてみて下さいな。

これが分かれば、
意図して無言の同意を得られたり、
危うい落とし穴を回避出来たりして
運気を上げて維持する事が可能になりますよ。