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2025年8月10日日曜日

お盆の話題(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




今年もぼちぼちお盆です。

うちの地域では新盆なので
もう終わっていますが、
殆どのエリアでは旧盆ですよね。

さて、お盆と言えば
ご先祖さんが帰宅するイベントですが、

これ、
必ず帰ってくる訳ではないのですね。
帰宅しない理由は幾つかあります。


1、ご先祖さんが地獄又は
それに準ずる場所に堕ちている。

2、ご先祖さんが狭間の世界を彷徨っている。

3、遺族に興味がない。

4、遺族がガッツリ念基軸。


概ねこの4つが理由となります。




1と2はご先祖さんがやっちまったパターン。
説明するまでもない感じです。

3は一見するとご先祖さんが酷く見えますが、
何気に結構多いパターンです。

亡くなってから浄土へ行くとね、
現世で生きている時よりも長い時間を
お勉強に費やす訳ですよ。

そんな中で、遺族に対して
いつまでも気持ちは引きずりません。
遺族がしっかりしているならば
安心もしますから尚更ですね。

それにクソ忙しいというのも
実際にはあります。
亡くなって浄土へ行ったからって
楽できる訳ではないのですよ。

で、
問題は4の場合です。

これが帰ってこない理由では一番多いです。
遺族がクソってパターンです。

ちょっと考えてみれば分かりますが、
帰りたくても帰った先の人間が
クズってたら誰だって帰りたくないでしょ。

それはご先祖さんとて同じです。
死んでいても人間ですからね。




それと、結構勘違いされているのが、
ご先祖さんが帰ってくるのは

「家単位ではない」

と、いう事実。

お盆にご先祖さんが帰ってくるのは
あくまでも個人単位が基本です。
家人が全員良好という訳ではないですよね。

想いの遣り取りが出来る人も居れば、
同じ家の中でもガッツリ念基軸のクソも居る。

当然ながら、
ご先祖さんは想いの遣り取りが
普通に出来る人を目指して帰ってきます。

何故ならば、浄土という場所は

「想いを主体とする場所であり」

念想の天秤にて
想いにバランスが向いている人しか
行く事が出来ない場所だからです。

つまり、念基軸の人に対して
面白いほど毛嫌いをします。

そりゃそうなんです。
念基軸の人って地獄に居る人達なんですもの。
ご先祖さんが態々そうなる可能性のある予備軍に
忖度する必要が無いんですよ。

家族の中でも、
○○はおじいちゃんを感じれたけど、
私は全く感じなかった。

みたいな事が起きるのはこれが原因です。

なので、帰ってきてほしければ
己の中身をもう一度確認するのが
何よりも重要になってくるのですね。

但し念基軸の人は
悪霊とか生霊は
たくさん呼べるし
よく視えたり
するんやで

2024年9月19日木曜日

ご先祖さんへ(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。





今日は彼岸入りです。
お彼岸と言えばお墓参りとか、
色々とありますが、

何をするにしても
ご先祖さんを相手にしたり、
ご自身の大切な存在を相手にしたり、
そういった事がメインの行事です。

ここではご先祖さんに対して、
的を絞ってみたいと思います。

既に亡くなっているから
ご先祖さんな訳ですが、
この方々に生きている自分達が
出来る事は果たして何なのか

これ、結構多く戴くご質問です。

言い回しは回答する人によって
色々とあると思うんですが、

あにきに言わせればですが、
結局のところ出来る事は2つで、

1,感謝
2,生きる事

どこまでいっても、この二つです。





感謝と言うと、
生前に山積していた想いとか
思い出とかに沿ったものを
浮かべてしまいますが、

そう難しく捉えるのではなく、

「産んでくれてありがとう」

が、主だった感謝です。
貴方が相手するご先祖さんが
親御さんでなくても
祖父母さんその上であろうが、

これは変わりません。
だって、産んでくれた訳ですし、
よく読んでほしいのですが、

「主語、付けて無いでしょ」
何に関しても、これが全てです。

そして、何よりも

「自分が生きる事」です

ここに尽きます。

苦しみも有れば悲しみもあるし、
愉しい事だけではないけれど
紡いでくれた霊体の絆であり、
たった一つの肉体なのですから

生きて還すしか
気持ちを物質化する方法はありません。

それに、貴方のその姿を
一緒に居る人達が視て
それをまた紡いでいく。

例えその存在が血族で無くてもです。

なので、この二つが
ご先祖さんに出来る事となるのです。



2024年6月22日土曜日

お墓参り(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、お墓参りについて
お話をしたいと思います。





お盆やお彼岸、
ご命日や年末年始などなど
気の向かれた時に、
皆さんお墓参りに行かれると思いますが、

この時、皆さんはどこに意識を向けて
お墓参りをされていますか?

こうやって聞くと殆どの方が

「ご先祖さん達に向けて!」

と、仰ると思います。
まぁ、そうですよね。お墓参りですもの。

では、お墓参りに行かれた時に
お掃除をされると思いますけど、
その時は何を思っていますか?

隅々まで綺麗にしようとか
ちゃんと考えてやっていますか?

汚れている所を見付けても、
「まぁ、いっか!」
みたいに思ってたりしていませんか?

お墓参りの後のスケジュールが
気になってしまってたり、

歩き疲れたりしてしまってたり、

また、来れるしみたいな感じだったりして、

「そんなに細かい部分まで
やらなくていいよ」

とか、言ってやってなかったり
やらなかったりしていませんか?

では、もう一度質問をしますね。

その時の意識は、

「誰のためにやってるんですか?」

ご先祖さんですか?
違いますよね。

ほぼほぼ自分に意識が
向いていると思います。





お墓はお家と違って、
毎日お掃除が出来る訳では無いです。
誰かが足を運ばないと
お掃除が出来ない場所です。

それなのに、自分を優先させるのって
何か少し違っていませんか?

色々な事情で足を運べないなら
いざ知らずですが、

行けるのにやらない。
行ってもやらない。
というのは、
本性が出てしまっていますよ。

それなのに、
自分は日頃から感謝してるとか
口にしたり大っぴらに言ってても
何ら説得力はありません。

本当に感謝しているのであれば、
その時に全力を出すのが本筋です。

それもせずに口先ばかりだから、
上手くいくものも無理だったりする。
まさに自明です。

お墓にご先祖さん達が
住んでる訳ではないですが、
少なくともお骨等はある訳です。

それを目に視える形にしているのが
お墓です。

宗教宗派によって捉え方は様々だと
思いますが、

そんなに小難しく考えないで、
少なくともそこにはご先祖さん達が
「存在した証がある」訳ですよ。

それだけは間違いないのですから、
自分達の意識もそこへ向けないと
人としてどうなのかなと
思いませんか?


2023年11月21日火曜日

一緒くたに考える怖さ(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回はちょっとしたお話です。
スピ的な仕事をしていると
どうしてもぶち当たる事なのですが、
似ていても違うもの
というのが多々ありまして、
そこら辺のお話をしたいと思います。





何でもそうなのですが、
同じ文字を使っていたり
表現的に同じ様なものがあります。

例えば、

「幽霊と霊」や「愛情と愛」

などです。

別に一緒で良いのでは?
と、思いがちですが、
厳密には似て非なるものです。

長くなるので、
これらの違いについての説明は
今回は割愛しますが、

実は完全に別物であるにも関わらず、
同様に扱ってしまい、
いつの間にかそれが普通みたいに
なってしまっているから、
妙な悩み方をする様になる。

というのが、
現代の問題の一つかなと
あにきは考えています。





もっとも、
ちゃんと説明が出来なくても
今までは大丈夫だったのも確かですが、

スピリチュアルの重要性が
以前よりも囁かれてきた昨今ですから、
スピ関係の方々が
そろそろちゃんと説明をした方が
良いのではないのかと思っています。

あにきはと言うと、
その懸念を以前より抱いていたので、
セッションやレクチャーで
お客さんには説明をしてきました。

どういう懸念かと言いますと、
一緒くたにするが故に
しているが故に、
話の内容が曖昧になってしまい
信憑性が欠落してしまって
眉唾の柵から抜け出せないという点と

ただ視える聴こえるというだけの人が
本物扱いを受けているという点です。





確かに、世間一般的に捉えたら
どこまでも眉唾なのですが、
物事には理屈が存在しますし、

視えている人や聴こえている人も
別に偽者という訳ではありません。

ですが、ここから先の将来ですと
必要とされる存在は、
「中身をちゃんと熟知している人」
ではないかと思うからです。

向こうの世界とは何なのか?
霊とはそもそも何なのか?
人の産まれてくる理由とは何なのか?
どうして生きないといけないのか?
何故苦しまないといけないのか?

これらの派生で悩んでいる人が多かったり
悩んでいなくても、
科学的にも人の内面に
通じる様になってきた時代ですから、

非科学とはいえ、
その内面を扱う業界がスピリチュアルなので
いい加減ハッキリとさせた方が
良いと思ったからです。





統一見解が必要という事は無く、
文言や言い回しが違うにしても、
そこら辺をしっかりと理解している人が
話をすべき時代となったのではないのかなと
切に感じているんですね。

あくまでもあにきの見解ですが、
スピリチュアルも科学も
行き着く先は同じだと思って
普段から仕事をしています。

なので、
あにき自身も科学には頼りますし、
非科学一辺倒にはなっていません。
間違いなく後々に響きますからね。

その渦中にあるのが、
「一緒くたに考える怖さ」
というものなのですね。

先人達、ご先祖さん達が
せっかく分けて教えてくれたものを
今を生きている我々が
ごちゃ混ぜにして混乱していたり
苦悩していたりする様は
道としても大きく逸れていますし、
罰当たりとも捉えられるからです。


2022年11月9日水曜日

運気UPのための「感謝」の正しい使い方(言霊シリーズ)

皆さんこんばんは、あにきです^^




今回は久しぶりの言霊シリーズです。
スピリチュアル思考や霊的な思考が
昔と比べると一般的というか、
柔らかくなったというか、
まぁ、いい感じ?になった時代だと
言われていますが、

僕としては、
逆じゃないのかな?(゜゜)?
って、思っています。

昔の方がもっと直接的だったし、
方向がブレていなかったと思うんですよね。

昔は堂々と御先祖様や神様仏様、
自然霊さんや地域の神様とかに対して
声を出して感謝していたと思いますもん。

それがいつしか、御先祖様ってワードを
口にするだけでも、変な目で視られる様に
なってしまった。

それと比べたら良くなったとは思いますが、
でも、違和感は禁じ得ません。

とまぁ、堅めの前置きはこのくらいにして、
今回は運気UPのためのヒントを少し
お話してみますね^^




最近、「感謝」という言葉を使う人が
増えてると思います。
口頭で使うよりも、どっちかというと、
SNSとかで文字にして使うってやつです。

まぁ、口頭で「感謝」とは言わないもんね。
「ありがとう!」とかじゃん?使うとしたら。

んでさ、この「感謝」を使う時に、
ちゃんと相手先を書いてますか?

例えば、よくあるきれいな風景画像とともに、
「日々、感謝です^^」と書いてあったとして、

これって、誰に対してなの?
って話です。

とても些細なことなんだけども、
この些細な部分がとても重要になってくるのが、
本当の意味でのスピリチュアルなのね。




言葉を文字に起こすって事は、
言葉を口にしているのと同じ行為にあたるから、
言霊も当然に生まれてくる。

相手が人の場合であれば堂々と書いても、
相手が視えない存在の場合は、
色々と危惧して書かないのかな?って思います。

でも、「感謝」という言葉を使うのであれば
そこは勇気を持って書いてほしいところ。

あなたが霊的な存在を信じているのであれば、
あなたなりの考え方で書けばいいし、
もし、突っ込みを危惧しているのであれば、
そんな心配はしなくても良いと思うのね。




例えば、
いい景色が撮れて、その時にご自分が
何となく(これは御先祖様のおかげだなぁ…)
って、思ったら「御先祖様ぁ!感謝☆」とか、
意思を伝える先を指定してあげればいい。

言霊の力は絶大だから、必ず想いは届くし、
一つ一つが小さいけれど、積み重ねていくことで
その力が増していくのね。




その代わり、方向性が曖昧になってしまうと、
力が増すどころか、
いい言葉なのに使えば使うほど
マイナスに働いてしまうという怖い側面もある。

伝える先を指定しないが故に、
言葉(言霊)が八方美人化してしまって、
嫉妬や妬みを生み出してしまうのと、
最悪なのはいつの間にか、

「書いて(言って)おけばいい…」

と言った、機械的で作業的なものとなってしまう。
これはよくある落とし穴で、
段々と自分中心な思考になっていって
しまうんですね(この蝕みは怖いですよ)。

どんな時でも相手をしっかりとイメージして
言葉を遣う。

これが言霊の基本です。




その相手が恋人だろうが友達だろうが、
家族だろうが、子供だろうが、
御先祖様だろうが、自然霊さんだろうが、
守護霊さんだろうが、補助霊さん達だろうがです。

たった、これだけの事で運気は上下します。
(毎日の事ですからね継続は力なのですよ☆)

慣れてくれば、例えそこで一人ぼっちだろうが、
誰か居ようが、
声を出して感謝出来るようになります。

こうなってくると、その差がよく分かります。
(頷いている人の顔が何人か目に浮かぶわぁw)

という訳で、気になった方は
ちょっとチャレンジしてみては如何でしょうか^^