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2023年12月3日日曜日

自称特別な人(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回はストーリーズの追加説明です。





お化けが視える系の人って多いです。
何度でも言いますが、
"その程度"の人なら何ら特別ではないです。

ハッキリ言いますが、

「だから何だ?」

というレベルなのです。
一昔前だったら、あーだこーだと
縷々騒がれる人だったと思いますが、

昨今となっては、見える程度なら
そんなの誰でも出来ることが
周知され始めましたからね。

今以てそこを特別視して
自称特別な人に甘んじているのは、
何と言いますか時代錯誤なのですよ。
今は令和です。昭和じゃないの。





この手の方々に多いのは、
霊が見えるという点に過剰反応して
探求する事をしていないという事。

どうして霊が存在するのか?
そもそもあの世は何なのか?
どうしてお化けが怖いのか?
身内もお化けだったら怖いのか?

みたいな基本的な謎をそのままにして
「見える私(俺)すごーい!!」
ってのを続けてる。

こう聞くと凄く馬鹿らしいでしょ?

見えるなら何故見えるのかとか、
人様のお役に立てる様にするにはとか、
色々と自分自身で探求すべき事が
多々有る筈なのに、そこは完全無視して、

自意識と承認欲求と自己顕示欲だけを満たす。
その為に、
これらを満たしてくれる人の傍にしか居ない。





つまるところ、何の生産性も無いんですね。
穀潰しと言っても過言じゃない程に、
無意味な存在です。

この手の方々が、
視える聴こえる感じる話せる人々の生活圏を
脅かしているんです。

どんなお勉強ルートでも結構ですが、
自分の能力を最大限に活かすために
日々頑張っている方は本当にいらっしゃいます。

その頑張っている方々の邪魔をしているのが、
こういった「自称特別な人」なのです。

なので、
ただ見えるだけで神妙な面をしている人などは
鼻で笑って馬鹿にしてやれば良いんですよ。

幽霊と霊の違いすら分かっていないで
いつまでも怖がっている輩なんぞ、

あにきからしてみれば、
もはや全然違う生き物ですから、
一緒にしてほしくないですからね。

それと、
この手の方々に総じて言える事が一つあります。





既にご自身が生霊として活動していて

「自分の捻じれ曲がった欲求を
満たしてくれる人や、普段傍に居る人に
既に憑依している事が多い。」

という点です。

自分で自分を特別視するあまり、
自己の殻に閉じ籠りますから、
放出すべき念が逆流して自己憑依へと繋がり、
それが転じて生霊化を進めて、
身近な存在に憑依をする。

想像出来ますか?
普段仲良しと思っている人に対して
生霊を飛ばし続けて憑依してしまうという
恩を仇で返す所業を平然と行っているんです。

こうなると、憑依された人の解除は無理です。
何故かと言うと、
他者の意見に全く耳を貸さなくなりますし、
横を見れば信頼できる「特別な人」が居て、
アドバイスをしてくれる。

だが、その特別な人は
「自分に憑依している特別な人」。

エンドレスループです。
憑依が続くと体調の悪化も始まりますが、
被憑依者だけでなく憑依者までもが
自分達は誰一人として、
何が原因かも理解していない。

なので、
人の意見は認められない、一生治せない。





今までそれ相応の数の人を視てきましたが、
この手の輩は本当に多いです。

また、この手の輩の被害に遭われた
全くの第三者の方々も本当に多いです。

こういった事例は表には出ません。
出たところで実証も出来ないですからね。

あにきがスピ系のマルシェとかに
頑として参加しないのは、
この手の輩の溜まり場であることが
多いからです。

普通の皆さんもね、
私は視えないから
分からないからではなくて、

今はスピ系業界人ではない色んな方が
スピ系の文献やらネットやらで
情報発信していますし、

その中でもご自分で色々と精査をして
ご自分の為に、
本当によく考えてほしいんです。
決して流されない様に。

最後に一言付け加えますが、
ただ見える聞こえるが特別でないのは、
練習すれば誰でも可能だからです。

それにね、
今の時代は科学も発展しているんです。
道具を使う事で疑似的に見る事も
可能な時代なのですよ。

そんな時代なのに、
見えるだけ聞こえるだけが
特別な訳ないでしょ?

これからのステップアップにも
則していない思考でもありますからね。


2023年11月21日火曜日

一緒くたに考える怖さ(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回はちょっとしたお話です。
スピ的な仕事をしていると
どうしてもぶち当たる事なのですが、
似ていても違うもの
というのが多々ありまして、
そこら辺のお話をしたいと思います。





何でもそうなのですが、
同じ文字を使っていたり
表現的に同じ様なものがあります。

例えば、

「幽霊と霊」や「愛情と愛」

などです。

別に一緒で良いのでは?
と、思いがちですが、
厳密には似て非なるものです。

長くなるので、
これらの違いについての説明は
今回は割愛しますが、

実は完全に別物であるにも関わらず、
同様に扱ってしまい、
いつの間にかそれが普通みたいに
なってしまっているから、
妙な悩み方をする様になる。

というのが、
現代の問題の一つかなと
あにきは考えています。





もっとも、
ちゃんと説明が出来なくても
今までは大丈夫だったのも確かですが、

スピリチュアルの重要性が
以前よりも囁かれてきた昨今ですから、
スピ関係の方々が
そろそろちゃんと説明をした方が
良いのではないのかと思っています。

あにきはと言うと、
その懸念を以前より抱いていたので、
セッションやレクチャーで
お客さんには説明をしてきました。

どういう懸念かと言いますと、
一緒くたにするが故に
しているが故に、
話の内容が曖昧になってしまい
信憑性が欠落してしまって
眉唾の柵から抜け出せないという点と

ただ視える聴こえるというだけの人が
本物扱いを受けているという点です。





確かに、世間一般的に捉えたら
どこまでも眉唾なのですが、
物事には理屈が存在しますし、

視えている人や聴こえている人も
別に偽者という訳ではありません。

ですが、ここから先の将来ですと
必要とされる存在は、
「中身をちゃんと熟知している人」
ではないかと思うからです。

向こうの世界とは何なのか?
霊とはそもそも何なのか?
人の産まれてくる理由とは何なのか?
どうして生きないといけないのか?
何故苦しまないといけないのか?

これらの派生で悩んでいる人が多かったり
悩んでいなくても、
科学的にも人の内面に
通じる様になってきた時代ですから、

非科学とはいえ、
その内面を扱う業界がスピリチュアルなので
いい加減ハッキリとさせた方が
良いと思ったからです。





統一見解が必要という事は無く、
文言や言い回しが違うにしても、
そこら辺をしっかりと理解している人が
話をすべき時代となったのではないのかなと
切に感じているんですね。

あくまでもあにきの見解ですが、
スピリチュアルも科学も
行き着く先は同じだと思って
普段から仕事をしています。

なので、
あにき自身も科学には頼りますし、
非科学一辺倒にはなっていません。
間違いなく後々に響きますからね。

その渦中にあるのが、
「一緒くたに考える怖さ」
というものなのですね。

先人達、ご先祖さん達が
せっかく分けて教えてくれたものを
今を生きている我々が
ごちゃ混ぜにして混乱していたり
苦悩していたりする様は
道としても大きく逸れていますし、
罰当たりとも捉えられるからです。