皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
本来のスピリチュアルに於いては
一般的に言われている様な
スーパーパワー的な
霊能力的な能力というものには
あまり重きを置いておりません。
何故ならば、
その行為自体は誰でも出来る筈なのに
やり方を知らないがあまり、
出回っているフェイク情報の数々に
躍らされてしまっているあまり、
行為そのものに特別感を
抱いてしまって
根本的な原理原則を
軽視してしまう傾向が強くなるからです。
つまり、拝み倒すだけで
何もやらなくなるという意味です。
これでは善くなるものも
善くならないし、
何にも面白くありません。
僕らは現実の中に生きていて
その現実を少しでも愉しく
生き易くさせる為のコツが
本来のスピリチュアルです。
なので、誰でも可能な事なのです。
それなのに特別感を得たところで
どうしようも無い事でしょ。
その理屈を分かる様になると
まがい物とそうでない物との
見極めが出来る様になりますよ。
表裏一体なのを
忘れたらあかんで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
これまでも何度かに分けて
独特の能力を持っている人や
個人力を使えている人を
徒に特別視する事や特別扱いする事は
確実に宜しくない結果を齎しますよと
お話をしてきました。
何度となく言いますが、
個人力や霊能力という代物は
誰にでも備わっています。
至極当たり前の能力です。
それをナチュラルに使えるとか
使えないというのは、
生まれてくる前に自身が選択をして
決めているだけの事になります。
「使えないという誤認識」や
「個人力自体を忘れてしまう」
と、いうのが現世での基本ではあるのですが、
「単に使う」
と、いう点のみで言うなら
それも現世ではノーマルです。
つまり、何ら特別ではない。
問題は「役割」の認識と
「背後の理解」です。
人のみならず現世に在する万物には
各々其々に「役割」というのが在り、
人に限って言うならば一部例外を除いて
ほぼ全ての人が自身でその役割を
設定して生まれてきます。
個人力に関しても同様で、
それを使ってどうするのかという
「役割」を必ず持っています。
その役割を現世に在している最中に
理解して使い熟す事が出来て
初めて役割は全うとなります。
また、その「背後を知る」
というのも重要です。
単に個人力を持ち合わせているだけでなく
その「力の源泉」は何なのか、
向こうの世界の「世界観」や
「価値観」という様な
皆が忘れている「背後」を理解して
それを適確に教えたり伝えたりする事が
可能か否かが必須となってくるのです。
ここで変に特別視をしてしまうと
周りは疎か本人ですらその俗欲に溺れて
至極当然に能力にも関わらず
周りは必要以上に縋り
当人は驕り高ぶります
そして、妙な方向へと進んでいきます。
宗教化したり偶像崇拝化する感じです。
そうなってしまうと、
ただの貧乏神化ですから
何一つ良い事など起こり得ません。
そういう特別視よりも
如何に普通に接して普通に生活が出来るか。
もし、仮に親であるならば
幾ら子が個人力や不思議な力を有していても
その力に溺れる事無く驕る事無く
特別視せずに社会性というのを
維持させ育んでいく事が出来るか。
ここが非常に重要となってきます。
特視というのは甘い俗欲であり、
強烈な「魔素」です。
それを当人も周りも理解して
あくまでも普通にする事が
とても難解ではありますけども
ステップアップには必要な事なのですよ。
差別意識の助長と
なんら変わらん
ものなんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
人は様々な個人力を持ち得てます。
それについての内容は
以前にも触れましたが、
心構えとしては
「特別と思わない」事が大切です。
これについても、
霊能者を例に挙げて
事あるごとに述べていますね。
各種霊能力もそうですし、
超自然現象や超常現象を起こしたり
経験したりする事も、
日頃のちょっとした不思議現象を
味わったりする事も、
全く特別な事ではないのです。
当然にそれを体現する人の事を
特別視する必要もありません。
何度でも言いますが、
各個人が元々何かしらの個人力を
持ち合わせているのですから。
人それぞれが何某かの能力を
既に得ているものです。
その規模は最初は小さいですが
自身の力を
繋げていくことによって、
影響力の範囲を大きくしたり
広くしたり濃くしたり、
鋭敏にさせたり逆に鈍くしたり
増したり減らしたりと、
規模や力を拡げる強くする事は
確実に可能です。
また、非科学能力開発は
単一能力ではなく複数能力です。
「視える」を一つ取っても
細分化して突き詰めていくと
確実に科目が複数となります。
その流れに沿っていくと
単一能力となる方がおかしいのです。
そして、それは誰にでもある。
力を目の当たりにしたとしても、
それをいちいち凄いだとか
ましてや、崇めるなんて必要は
全くないのです。
そういう心構えでいる事が
貴方にとっても
貴方の周りにとっても
貧乏神化防止の
最たる力となりますからね。
普通に出来たら
素敵やんね
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回はストーリーズの追加説明です。
お化けが視える系の人って多いです。
何度でも言いますが、
"その程度"の人なら何ら特別ではないです。
ハッキリ言いますが、
「だから何だ?」
というレベルなのです。
一昔前だったら、あーだこーだと
縷々騒がれる人だったと思いますが、
昨今となっては、見える程度なら
そんなの誰でも出来ることが
周知され始めましたからね。
今以てそこを特別視して
自称特別な人に甘んじているのは、
何と言いますか時代錯誤なのですよ。
今は令和です。昭和じゃないの。
この手の方々に多いのは、
霊が見えるという点に過剰反応して
探求する事をしていないという事。
どうして霊が存在するのか?
そもそもあの世は何なのか?
どうしてお化けが怖いのか?
身内もお化けだったら怖いのか?
みたいな基本的な謎をそのままにして
「見える私(俺)すごーい!!」
ってのを続けてる。
こう聞くと凄く馬鹿らしいでしょ?
見えるなら何故見えるのかとか、
人様のお役に立てる様にするにはとか、
色々と自分自身で探求すべき事が
多々有る筈なのに、そこは完全無視して、
自意識と承認欲求と自己顕示欲だけを満たす。
その為に、
これらを満たしてくれる人の傍にしか居ない。
つまるところ、何の生産性も無いんですね。
穀潰しと言っても過言じゃない程に、
無意味な存在です。
この手の方々が、
視える聴こえる感じる話せる人々の生活圏を
脅かしているんです。
どんなお勉強ルートでも結構ですが、
自分の能力を最大限に活かすために
日々頑張っている方は本当にいらっしゃいます。
その頑張っている方々の邪魔をしているのが、
こういった「自称特別な人」なのです。
なので、
ただ見えるだけで神妙な面をしている人などは
鼻で笑って馬鹿にしてやれば良いんですよ。
幽霊と霊の違いすら分かっていないで
いつまでも怖がっている輩なんぞ、
あにきからしてみれば、
もはや全然違う生き物ですから、
一緒にしてほしくないですからね。
それと、
この手の方々に総じて言える事が一つあります。
既にご自身が生霊として活動していて
「自分の捻じれ曲がった欲求を
満たしてくれる人や、普段傍に居る人に
既に憑依している事が多い。」
という点です。
自分で自分を特別視するあまり、
自己の殻に閉じ籠りますから、
放出すべき念が逆流して自己憑依へと繋がり、
それが転じて生霊化を進めて、
身近な存在に憑依をする。
想像出来ますか?
普段仲良しと思っている人に対して
生霊を飛ばし続けて憑依してしまうという
恩を仇で返す所業を平然と行っているんです。
こうなると、憑依された人の解除は無理です。
何故かと言うと、
他者の意見に全く耳を貸さなくなりますし、
横を見れば信頼できる「特別な人」が居て、
アドバイスをしてくれる。
だが、その特別な人は
「自分に憑依している特別な人」。
エンドレスループです。
憑依が続くと体調の悪化も始まりますが、
被憑依者だけでなく憑依者までもが
自分達は誰一人として、
何が原因かも理解していない。
なので、
人の意見は認められない、一生治せない。
今までそれ相応の数の人を視てきましたが、
この手の輩は本当に多いです。
また、この手の輩の被害に遭われた
全くの第三者の方々も本当に多いです。
こういった事例は表には出ません。
出たところで実証も出来ないですからね。
あにきがスピ系のマルシェとかに
頑として参加しないのは、
この手の輩の溜まり場であることが
多いからです。
普通の皆さんもね、
私は視えないから
分からないからではなくて、
今はスピ系業界人ではない色んな方が
スピ系の文献やらネットやらで
情報発信していますし、
その中でもご自分で色々と精査をして
ご自分の為に、
本当によく考えてほしいんです。
決して流されない様に。
最後に一言付け加えますが、
ただ見える聞こえるが特別でないのは、
練習すれば誰でも可能だからです。
それにね、
今の時代は科学も発展しているんです。
道具を使う事で疑似的に見る事も
可能な時代なのですよ。
そんな時代なのに、
見えるだけ聞こえるだけが
特別な訳ないでしょ?
これからのステップアップにも
則していない思考でもありますからね。