皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
人の話を「聴ける人」と
「聞けない人」がいます。
聴ける人の中にも
「聴くのが上手い人」と
「真面目に聴ける人」と
「聞ける人」がいます。
聴くのが上手い人というのは、
所謂聴き上手な人を指します。
同時に話し上手な人とも言えます。
真面目に聴ける人は、
聴くという行為に対して
集中する事が出来る人です。
但し、そこから話の内容や真髄や
要点をきちんと得ているかは別です。
どちらかと言うと
ちゃんと聴いている、聴けているという
「自身の姿に酔っている人」が多いです。
真面目に聴ける人に対して
後から再度話の内容を聞いてみると、
「言葉は聴けていても
内容は理解出来ていない」
なんて事が多々あります。
これが
「真面目の反動」というやつですね。
ついでに、
「聞ける人」というのは、
本当にただ聞いているだけで
聞けないよりは良いよね。
みたいな感じの人を指します。
この「真面目に聴ける人」というのは、
視る場合でも同様に
「真面目に視る人」となり易いです。
やはり構造は同じで、
その真面目な自身の姿に酔ってしまう。
真面目というのは、単に「性格」です。
どうしても、善悪としての捉え方で
使われる場面が多いので勘違いし易いですが、
単に性格上の話であって
「真面目=善」
として、捉えてしまうから
その姿に酔いしれてしまうのですね。
実際のところ、
不真面目でも善い人は居ますし、
真面目でも悪い人だって居ますよね。
ただ単に
動き方や考え方を司る性格の切り分け
でしかないのが、真面目というワードです。
なので、真面目だからと言って
そこに酔いしれてしまうのは
強大な自己満足に過ぎませんから
行き着く先は貧乏神となってしまいます。
多いんですよ、自身の真面目さに酔い過ぎて
地獄へ堕ちていく人。
ま、結果として独りよがりとなって
自分しか視ていない訳ですから
当然と言えば当然の結果なのですけどね。
然しながら、決して間違えてほしくないのは、
「真面目な性格」というのが
駄目な事だと言っているのではないです。
全然悪い事ではありません。
ちょっとだけ依存する毒素成分が強いのと、
ステルス性が高いので
じんわり響いてきてしまうのですね。
気が付いたらとんでもない事になっている。
みたいな感じに効いてしまうのが
真面目の毒素なんです。
これを制御するには、
真面目の反動を理解しないといけません。
真面目ってのは本来は「辛い事」です。
“楽をする”とは相反する側面ですからね。
にも関わらず、
そこに他者と比較しての優位性や
一時的な快楽を得ているというのは
適切な真面目さであれば有得ない話なのですよ。
こうやって考えると、
真面目な自分に酔っているという意味が
分かりますでしょ。
要するに、真面目も行き過ぎると
俗欲依存が進んでしまうから
ヤバいですよという話です。
四六時中、真面目を貫くのではなくて
適頃な面で真面目の効果を
最大限に発揮すれば良いだけ。
そうでもしないと
勧善懲悪の波に飲まれてしまって
いつしか完璧主義の渦中に嵌って
二度と脱出出来なくなってしまいますからね。
その加減を
知る事が
真面目さんには
不可欠なんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
普段からの心掛けとして
「明日は我が身」
という言葉があります。
周りで何か起きた時に他人事だからと
楽観的に捉えずに、
自身の中にも危機感を
ちゃんと植え付けておきましょう。
と、いう様な意味合いの言葉です。
何事に於いてもこれは当て嵌まります。
自身の中の危機感というのは、
意識をしていない内はとても貧相なものです。
その貧相な危機感が故に
何某かの問題が発生した際、
自身の中で混乱を生じさせてしまい
正常な判断をする事が出来なくなります。
普段からの心掛けの中で
非常に重要な考え方の一つです。
何も考えずに他人事として
自身の中で処理をしていると
その災禍というのは、
いずれ必ず自身に降り掛かってきます。
それを回避させる為に、
「自身に対して置き換えて思考する」
という業が必要となります。
但し、ここで気を付けるべきは
決して同情ではないという点です。
自身に置き換えるのは、
あくまでも危機感であって
場面場面での感情や
気持ちの便乗ではないという事ですね。
それですと、心が硬直してしまって
思考停止をした時と同様に
行動が取れなくなってしまいます。
云うなれば、自己満足に過ぎません。
危機感を心に常駐させる事が
運気を上げたり、生活を向上させたり、
愉しみを増やしたりする為の
第一歩なのだと考える事が大切です。
運気アップとは
危機管理能力を
向上させること
なんやで
皆さんこんばんは、あにきです^^
さて、今回は生霊についてです。
そもそも生霊って何かご存知ですか?
よく言われているのは、
強い念 だと、思うんですけど、
それでは半分しか当たってないです。
正しくは、
『相手の気持ちはお構いなしで、
一方的に自分の想いをぶつけてきて、
尚且つ、霊体として出現させ、
肉体的にも精神的にも被害を出す現象』
を、生霊と言います。
つまり、自己中な念ですね。
お互いが信用していたり、
相思相愛の仲だったりとかで、
仮に、そこへ出てきたりするのは生霊とは
言いません、ただのリア充です。
爆発して下さい。
そして、
生霊には基本的に意識はありません。
本体にもその出現させている意識はないです。
但し、出現させてしまうと、
いくつか症状が出てきます。
主だったものは次の様な感じです。
【 不幸を自慢する 】
私と居ると不幸になるよ。
私を敵にすると死ぬよ。
などと言って怖がらせるんですが、
表情はとても笑顔^^
その上、人一倍霊感が強いとか、
実際には違うのにその手の自慢もしてきます。
但し、知識は乏しいです。
説明を求めても、ちゃんとした事は
話せないという共通点があります。
(自己憐憫・自己研鑽・自意識過剰)
【 心が腐っている 】
助けて欲しいと言ってくるわりには、
実際に助けようとすると拒否します。
また、自分の心を開くのが嫌なので、
本心を見抜かれると、どんな理由でも
逆ギレします。
【 目の奥が暗い(黒い) 】
黒目の奥の色なのですが、
一般の方と比べると、とても黒くて暗いです。
これは、カラコンをしていても分かります。
生霊として出現するということは、
お化け(悪霊)と同じ事をしているので、
容姿にも同じ特徴が出てきてしまいます。
【 悪口を言う 】
人の悪口を人一倍話します。
にも関わらず、その時の言葉遣いが
やたらと丁寧だったりする妙な癖があります。
同様に告げ口も得意です。
陰口も好きです。
また、自分で自分の悪口を言うのも好きです。
(自己嫌悪・承認欲求)
【 肩(や腕)を痛がる 】
生霊として出現をさせてしまうと、
ご自分の幽体に影響が出てきます。
なので、慢性的に幽体がズレてしまって、
腕や肩に痛みや強烈なコリが出てきます。
同じ様に痺れも持続します。
それが数年間続いたりするのも特徴です。
また、病院や民間医療を行っても、
一向に回復はしません。
これは、生霊として形を成した反作用で、
憑依された時に出る霊障と似た症状です。
生霊とは、ご自分がご自分へ憑依する
事でもあるので、こういった霊障が発症します。
ちなみに、通常の幽体のズレですと、
痛みが出るのは本当に稀です。
出たとしても、結構自分で治すことが出来ます。
(自己憑依)
【 贈り物が好き 】
頼んでもいないのに、
やたらと贈り物が好きです。
大して仲良くも無いのに誕生日プレゼントを
毎年用意してきたり、
渡すことに意義を覚えているから、
相手の気持ちはお構いなしです。
なので、感謝はされません。
(自己満足・自己顕示欲・承認欲求)
生霊として出現させてしまった人は、
人からの信用を失ったり、
同じ穴の狢に囲まれたり、
それを延々と繰り返して色々と大変になりますが、
本当に大変なのは人生を全うした後です。
どうしてなのか?
イイところ(浄土)に行くのは、
かなりの確率で無理だからです。
そうなると魂の格を下げる事になるので、
次の人生はもっとハードになります。
(どういう風にハードになるのかは、
詳しくは書けませんが、一言で表すと
更に格を下げたくなる様な人生になるんです。)
そうならない為にも、
常日頃から相手の事を意識して、
人がいる事を考えて、謙虚さを忘れずに過ごす事が
大切になってくるんですね。