2024年7月30日火曜日

力場の察知(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は感じ方について
お話をしたいと思います。





物質や物事事象に変動が起きたり
起きる前段階には、
そこへ力場が生じます。

力場というのは、
その事象によって大きさが違います。
感じ方も人それぞれ違っていて、

あにきの場合は、
事象や色がイメージで視えたり、
歪みや空気の流れが気になる事で
分かったりします。

あにきのお客さんにも
個人力としてその察知を発現した方も居て
詳細は伏せますが、
その方の場合は視覚で察知します。

ここで書くには限界がありますので、
さわりだけに留めますが

精度で言うと、
あにきのは近距離だったり
大まかな時間軸であれば察知できますが、

お客さんの場合は、もっと高精度で
遥かに長けています。

この様に個人力には様々な力が存在していて
今はお客さんのこの力を
適格に活かす為の訓練と実験を
共に行っている最中です。





どんな力にも責任が伴います。
大きな力になれば大きな責任が伴います。

個人力はその大小問わず
世の中の為に使う事が前提です。
それが力を持った者の責任です。

にも関わらず、
中途半端な力のまま自身に酔いしれたり
ひけらかしたりする人が多いのが現状です。

あにきはこれを絶対否定します。

力を持ったなら徹底的に伸ばして、
より正確に
より確実なものへと昇華させる。

そして、可能な限り世の中へ還元させる。
そうでなくては意味が無いからです。

但し、時間は掛かります。
あくまでも個々により進みは様々ですし、
力の種類も様々です。

おまけに受ける側のリテラシーの問題も
ありますからね。

こういう非科学能力開発も
あにきの様な立場の責任の一つです。


2024年7月29日月曜日

柔軟性(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、感覚の伸ばし方について
お話をしたいと思います。





私たちには様々な感覚があります。
ざっくり言うと、
五感と六感ですね。

特に六感を伸ばす上で躓き易いのが

「感覚の信憑性の高さ」です。

果たして、自分のこの感覚は
どのくらいの精度なのだろうか
というのが、最初は分かり難いのです。

ましてや、自分では確かめられない。
確かめられたとしても、
間違っているかも知れないし

力が発現して間もない方や
まだ使い熟せていない方となると

これが原因で自分に自信が持てず
伸ばすに伸ばせなかったり
下手をすると伸びなくなったりします。

ここで重要となってくるのが
「柔軟性」です。

人はどうしても完璧を目指します。
六感を使う場合は
その特性上かなりの確率で
完璧な答えを求めてしまいます。

使う側も使ってもらう側もです。





ですが、
この完璧を求めるという点が
何よりも仇となります。

本来、五感でさえ完璧など無いのですよ?
なのに、どうして六感では
それでなくてはならないのですか?

目に視えぬ力だからとか、
不思議な力だからとか、
考えは様々だと思いますが

人の身体を通して使う感覚なのですから、
完璧というのは逆にナンセンスです。

それに完璧というのは
受け取る側の基準一つで変わります。
それほどに曖昧なものなのです。

ですから、
結果として合致する様な、
時間が経過してからだとしても
内容が合う様な考え方であれば良いのです。

伸ばしたいのであれば、
当たる当たらないに拘らないこと。
特に、一発でなんて考えない事。

その柔軟性を心に秘めながら
伸ばす為の努力をしていくのです。

でないと、
無理な答えを出す癖が付いてしまって
精度はかなり落ちますからね。

精度を上げたい!伸ばしたい!
というのであれば、
決して手軽な完璧に拘らないで
まずは、柔軟な思考を身につけましょう。



2024年7月27日土曜日

影響力の例え(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は影響力について
お話をしたいと思います。





以前にも、
善い影響力と悪い影響力について
お話をしましたが、
今回はそれの補足だと思って下さい。

善い影響力にしても悪い影響力にしても
これらはその効果を
直接感じられたとしても

影響の範囲や影響"力"そのものを
目にする事は叶いません。
普通は、当然ですね。

これを可視化させたとしたら
どの様に視えるものなのか

偏に言うと、光や闇として
表わす事が出来ます。





善い影響力を持つ人は、
その人を中心に光で周囲を照らします。
薄っ暗い空間を照らす裸電球みたいな
感じをイメージすると良いですね。

薄暗い場所や仄暗い空間に灯があると
そこを頼りたくて集まりますよね。

そういうイメージです。

その中で、影響力の強さによって
電球ほどの人も居れば
眩しくて目を瞑ってしまう程に
光が強い人も居る。

一般的な意味合いとは違いますが、
仏像などには後光がありますよね?

あれが善い影響力の強さの象徴
と、あにきは考えています。

愛の強さとも言えますね。





それとは逆に、悪い影響力には
明るさではなくて暗さが伴います。

その人を中心に暗く薄黒い靄みたいのが
周囲を含めて覆う感じです。

よく、悪いお化けなんかを見た人が
「黒い人影が居たあれはヤバい」
とか、言ったりするでしょ?

あと、死期が近い人なんかも
黒いものを纏っていたりしてて
それを見た!なんて話も
聞いた事があるのではないでしょうか。

これは生きている人、
とりわけ悪い影響力が強い人にも
同じイメージで説明する事が出来ます。

悪い影響力の強い人は、
その人に引き寄せられた人を巻き込んで
黒い靄で覆っていきます。

もし、可視化出来たとしたら
そういう風に視えると思いますよ。

ちなみにですが、
死期が近い人が黒いものを纏うというのは、
少々言葉が足りてなくてですね、

死後に地獄又はそれに準ずる場へ行く人
つまり死後宜しくない方へ行く人は
黒いものを覆う感じです。

その逆で、死後善い処へ行く人は、
明るい光を纏った様に視えますからね。





もし、影響"力"が視えたとするならば
こういう視え方をします。

では、実際には視えるのか視えないのか。
そりゃ何もしていなければ視えません。

けれども…
日頃から業を善くして、自身の感覚を
研ぎ澄ませていけば目にする事は可能です。

目にすると言っても、その言葉通り
物理的に可視化して見える人も居れば
イメージとして可視化して視える人も居ます。

目にするというのは、
見えるのか?視えるのか?
どちらも同じ意味で同じ価値ですからね。

もし、貴方が視えていたとして
黒いものばかりだとしたら
環境や自身そのものを再検討した方が
良いかも知れませんね。

あと、分かり易くお話ししたくて
人と言う事で説明をしましたが、
これは人だけでなく万物全てに
該当しますからね。補足まで。


2024年7月26日金曜日

楽と息抜き(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。





生きているとどうしても疲れますし
辛い事も苦しい事もあります。

例えば、そんな時に

「楽をしたい」

と、思うのか、それとも

「息抜きをしよう」

と、思うのか

どちらを思うのかで
その後は大きく変わってきます。

楽をしたいというのは、

「やらずに済ませたい」
「やりたくない」
「やらずして何かを得たい」

という考え方を指し示しますね。

対して、息抜きをするというのは、

「一旦休憩をしよう」です。
つまり、
行動をしている事が前提となる考え方です。





この様に、似た様な意味合いを持つ言葉でも
中身は全く違います。

言葉には言霊が宿る事は周知の事実ですが、
言霊というのは、

言葉を声に発するのが条件で
発動するものではありません。

自身の中で声に出さずして考えていても
その効力は発現します。

ですから、
いくら自分だけで居たとしても
例え声を発しなかったとしても

その後の貴方の行動に対して
言霊は発動するものですから、

言葉を選ぶという事考え方そのものが
大切となってきます。

似た様な選定の例として、
年齢に関わる言葉があります。

「歳を取る」と「歳を重ねる」

どちらも意味合いとしては同じですが、
受け取る際の心情に変化が産まれます。

あにきは後者を好んで使います。
何故かと言うと、
歳という避け様のない事象を
経験というものへ置き換えて考えた時に

「一年一年の積み重ねが
自身の経験値の積み重ね」

と、取る事が出来るからです。

それはとてもポジティブな
気持ちになれますし、
亡くなった後も善い所へ行けば
まだまだ引き続き経験を重ねます。

その事実を鑑みた際に、
人が生きるというのは、
「終わりなき進化」だと思えるからです。





逆に、歳を取るですと、
現世が全てという感じに思えますし、
生きる理とは幾分かけ離れた言葉だと
あにきは考えるからです。

生きてる時も人として成長して
死後向こうの世界でも成長を続けます。

歳を取るという言葉は
そんな理に反する聴こえですし、
現世への過分な執着心すら覚えます。

実際に使うとネガティブがベースの
気持ちになりがちです。
現にそうやって使う言葉ですものね。

この様に言霊は、
いとも簡単に発動するものですから、
繊細な話の場合は

「出来るだけ前向きな言葉を選ぶ」

と、いった工夫をする事が
運気UPにも繋がるんですよ。

但し、かと言って普段から過剰なまでに
言葉選びに注力し過ぎるのは、
全くの逆効果となってしまって、

気が付いたら
貧乏神となってしまう危険性も
かなり大きいですから
注意して下さいね。


2024年7月24日水曜日

目的(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、本シリーズの目的について
お話をしたいと思います。





このブログ内では幾つかシリーズと
名を打って書いている内容があります。

その中でも、

運気下げシリーズ
運気UPシリーズ
知識UPシリーズ
実践シリーズ

この4シリーズは明確な目的を持って
書いている内容となります。

何を目的としているのかは
非常にシンプルでして、

「皆さんが今後動きやすくなる為の
きっかけとヒント」

これだけです。

拍子抜けする程に単純な目的ですが、
今後確実に活かす必要がある事です。

但し、誰でもという訳ではありません。
生きていく中で全てにおいて平等という
存在が無いのと同様に、

「活かす必要がある方」
「活かすための方」
「活かす方」

に、対して書き認めている感じです。





とは言え、
これまで幾度となく書いていますが、
本筋の濃ゆい部分に関しては

セッションやレクチャー
はたまた秘密結社あにきで
話していますので、ここでは書きません。

と、言いますか書けないのです。
ですので、ただ読んだだけでは
誤った解釈をされる方もいると思います。

ですが、それはそれです。
どこかで正しい解釈を覚えるかも知れませんし、
いずれご縁があるかも知れません。

あにきではない似た存在に
巡り合うかも知れませんし、

どこまでも間違ったままかも知れません。

然しながら、
多くの人がステップアップをするには
この方法がベストなのは確かです。

既存の価値観や幸福感に支配されている
リテラシーの渦の中ですからね、
致し方無い結論です。





また、今後という点についても
いついつという様な"点"は存在しません。

"点"は非常に流動的且つ、複数です。

フィクションの様に、
世の中の全員が同時に
同一の何かを得たり、
進化したりなどというのは
確実にないと考えて大丈夫です。

何も起きないのではないです、
色々と起きます。

ですが、それらが齎す経過と結果は
かなりの時間差が生じます。
影響範囲も人的物的問わず差が生じます。

しかし、幾つかの"点"が過ぎ去った後の
生き方の概念そのものは確実に変わります。

そこへ向かって書いているだけです。

受け止め方は様々だと思いますが、
大切なのはまさにその受け止めです。

幸せ、安寧、希望

これが全てです。
けれども、
黙っていてもそんなのはやってきません。
自らが動いて喫するものです。

そして、その時の価値観は
現状での価値観で捉えられる様な
代物でもありません。