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2025年10月3日金曜日

現世に居るのを忘れるな(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




想いを主軸とした動きを行います。
これが所謂「徳積み」です。

徳積みは「善きな事」「善行」と
捉えがちですが、
それで合っています。

但し、俗に言う善行とは
少し違いまして、

善行を行っている際の意識は
何処へ向かっているのか

を、しっかりと考えなくてはいけません。

ただ単にやるのは善行ではあっても
業ではないという意味ですね。
(陰徳陽徳の関係性)

その後、何らかの結果が出ます。

結果が出た際、
そのままにしておいたり
己惚れてしまったりするのではなく、

しっかりと自戒をする。
要は反省ですね。

ここでのポイントは、
失敗したから反省ではなくて
成功をしても反省をする事です。

あくまでも自戒です。
自身を戒める事が必須となります。
その結果、修正点や変更点、
改訂すべき事項が見えてくると同時に

客観的視点という独特の目線が
持てる様になってきます。

また、反省に至る際も
己の俗欲を満たす為なのか
それとも想いの為なのかを
芯に問い続ける事が大切です。

そして、また次へと繋げていき、
ここに時間軸という座標を組み込んだのが

「正の螺旋」です。




想念やスピリチュアルにも
時間の概念を組み込まないといけません。
僕らは現世に生きているのですから、
これは必須であり絶対です。

この座標を組み込まずに
空間や思想だけで捉えてしまうから
整合性が脆弱化しているのです。

本来のスピリチュアルでは
ここを教えています。

時間を座標に入れなければ、
それはループとなりサークルに過ぎません。
ですが、実際にループというのは
存在し得ません。

100%同じ事って起きないでしょ。
固体別に捉えても何もかもが
違うのですから。

で、このサイクルに時間の軸を
座標として加えると、
進行方向への推進力が生まれます。

これを二次元化させると
サークル(円)ではなくて
スパイラルになる

つまり、螺旋です。

こういう思考回路の構築が
本来のスピリチュアルで教えている
本質であり皆さんが理解して
ステップアップに必要な

領域の超越の基礎となります。

難しく捉えない
かと言って
簡単に考え過ぎない
分かった振りが
最低で最悪やで

2024年1月14日日曜日

良い事と善き業(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は、幸せ効果の最大化について
お話をしたいと思います。





皆さん日頃より小さい幸せを見付けたり
それとは限らずとも

「ラッキー!」とか、「善き!」とかを

得ていると思います。

幸せのサイクル、つまり回向ですが、
これは思った以上に分かり易く起きて
想像以上に目に見える形で表れます。

自分の引き起こした善き業(おこない)から
巡り巡って自分に戻ってくるのが
回向というものですが、

これは決して同じものが
巡ってくるという意味ではないです。
寧ろ、同じもの同じ事象なんて
返ってなんかきません。

形を変えてその時その場の
自分に於いての「善き」で
ふわっと返ってくる感じです。





このサイクルの中で
善き業を良い事と解釈していると
回向を最大限に発揮する事は出来ません。

善き業とは、日頃の業からくるもので、
それの最たるものが「小さい幸せ」です。

良い事というのは、小さい幸せと違い
いわゆる一日一善的な行動になりますが、
これを中心に意識していると、
思わぬものに足元を掬われます。

何かといいますと、
「小さい悪意」です。

良い事と小さい幸せの最大の違いは、
その意識の方向にあります。

小さい幸せはあくまでも
自分だけに価値のある善きな事象。
意識の方向は内側から外側を向きます。

良い事とは基本的に
自分以外の周りの価値に合わせる
良い行動となります。
意識の方向は外側にだけ向いてます。





意識の方向が外側にだけ向いていると
自分を褒めたり他を慈しんだりするよりも

「他より褒められたい」という
承認欲求が強くなってきてしまいます。

陰徳に尽きないといけない業が
陽徳へと極振りしてしまって、
徳どころか欲に溺れてしまうんですね。

これを続けていくと、

「このくらいなら良いだろう...」
「私の仕事ではないし...」
「何で私がやらないといけない?...」
「汚れるのは嫌だな...」

という様な、囁きが
心の中で大きくなっていきます。





以前にこんな事がありました。

家の周りのゴミ拾いが日課だという
知人がおりまして、

ある日、コンビニのコーヒーコーナーで
顔を合わせた際に、
自分が落としたガムシロは拾っても
他のゴミは拾いませんでした。

「拾えば良いのにw」
と、冗談気味に聞いたところ、
返ってきた答えは
「だって、手が汚れるからね」でした。

これが「小さい悪意」です。

勘違いしないでほしいのですが、
陰徳も陽徳もどちらも悪い事ではないです。

また、承認欲求そのものも悪ではないです。

ただ、陽徳は意識が外に向きすぎているので
承認欲求が渇き過ぎてしまって、
この様に反作用的な隙が
生じやすくなりがちなのです。





小さい幸せの場合は、本当に小さくて
自分だけの価値ですから、
承認欲求も自身で収める事が出来ます。

先述した「小さい悪意」の発生率も
自己完結型なので、ほぼゼロに近いです。

ですから、事象を最大限に活かせるので
幸せのサイクルの効果も最大となります。

よって、
「効果が想像以上に早く出現する」
という事なのですね。

良い事を中心に据えて行動していても
当然に効果は出てきますが、

「小さい悪意」の発生率は高くなるので
事象を最大限に活かせずに
幸せのサイクルの効果も目減りしますし、
下手をすれば、
マイナスとなる場合すらあります。

早い話が、良い事をしているにも関わらず
「小さい悪意」の誘惑に負けてしまうと、
せっかく頑張った良い事が帳消しとなる。
という事です。

それでは元も子もないですよね?

なので、地味な業ですし
理解をするにはセンスが必要となりますが、
あにきとしては
「小さい幸せ」を見付ける努力を
推奨しているんですね。