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2024年1月7日日曜日

本物はいつでも少数派(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は現実的なお話を
したいと思います。





あにきみたいな体質に関わらず、
科学の分野やその他の分野でも
本物と呼ばれる人ってのは、

いつだって少数派です。

世の中が、特に日本の場合は
多数決の世相ですし、

「みんなの意見が正義!」

ってのが、普通ですからね。
ぶっとんだ事を言ったり
やったり提案したりする人ってのは
相手にされないのが現状です。

その中で、いずれ評価される。
過去にそうして地味に功績を残した人達が
今になって偉人として崇められたり
評価されたりしています。

では、この多数決というのを
無くせばいいのかというと、
そう簡単な問題ではなくて、

現状のまま無くしてしまうと、
ただの混乱しか生まない訳ですね。





少数派はどこまでも少数派で良い。
それが向こうの世界の理です。

もし、それに則って
この世を再形成させるとしたら、
物的価値基準をゼロにしないといけない。

つまり、金の価値を失くすか、
ただの手段として紙切れにするしか、
方法が無いですね。

今の現世でそれが可能かどうかは
分かりませんが、
供給エネルギー関して
抜本的な変革が起きれば
別かも知れませんね。

その代わり、その時には
高確率で戦いが発生すると思います。

そして、
そのくだらなさの先にあるのが、
「新しい世界」

高次元な話なので無理ですが、
戦争を避ける方法を一つだけ
そっと書いてみます。

「軍事があるからテクノロジーが進歩する」

この考えがそもそも間違いで、

「愛や愛情を中心に捉えて、
自分以外の為にテクノロジーを作り使う」

こっちの方が
全然進歩するという事に気が付けば
戦争なんか起きませんよ。

起きたとしても、その後に
この考えに気が付けばステップアップだし
気付けなかったら滅一択。

そんな選択を迫られるのも
年明けに話したこの10年間です。

以上、少数派の意見でした。

2024.01.07追記:

「軍事があるからテクノロジーが進歩する」
これ自体は過去の流れでは
間違いではないです。
ただ、これからステップアップするには、

「愛や愛情を中心に捉えて、
自分以外の為にテクノロジーを作り使う」

じゃなきゃマズいよ、という意味です。

また、いきなり軍や軍事組織を無くすのも
今は無理です。
各国とも抑止で成り立っていますからね。

なので、現実の状況から鑑みた時に
高次元過ぎて無理なんだけど、
もし、実現出来るとしたら、こうなるよ。
という話です。

一応、言っておきますが、
あにきは間違っても考え無しの
反戦反軍事論者ではないです。

寧ろ、現行での軍事面の大切さや
そのシステムを人並ですが
充分に認知している側の人間です。

間違ったメッセージで捉えられると
嫌なので追記しました。



2023年11月6日月曜日

ステップアップ・アンソロジー(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^





人が人として存在していく上で
何よりも重要になってくるのが
『心の大きさ』
となります。

「生きていく上で」ではなくて、
「存在していく上で」です。

ここで気を付けてほしいのが、
死んだ後も含んでいるという点。

時間換算すると生前よりも死後の方が
圧倒的に永いです。
そこまでの全てを鑑みてでの
人としての存在という意味です。

肉体が無くなってからが本番
という解釈にも取れますが、
それは正解であり不正解。

どちらも重要になってくるので、
死に希望を見出したり、
終末論を望んだりするのは
大きな間違いとなります。





死後の霊体(魂)の選別時に
念想の天秤というのが用いられます。
個々人の善悪を見極める物の総称で
ここの判別で行き先が決まります。

これの基準となっているのは、
見た目でもなければ何でもなくて、
罪の重さと愛情の理解度のバランス。

恨み、思い遣り、寛容性、恐怖心、
心を構成するもの全ての中で、
愛情をどれだけ理解したのか?
という点を、自身の犯した八罪との
バランスで決めるという事ですね。





人は、苦労や苦悩の中で答えを導き出し
形を成していきます。
ここで愛情の尊さ、愛情の理解度を上げて
心の大きさを拡げていく。
多よりも個の心の広さを重視しています。
これは向こうの世界の構成要素として
重要ですし何よりも自分達の為だからです。

これが誰しもがこの世に産まれてくる
最大の目的なのですが、

肉体を持ったこの世では欲という因子が
必要でもあり邪魔もしてきますから、
愛情よりも欲が増してしまう。

個の苦悩を多の欲で補うから、
愛情の理解度を上げる以前に、
心が狭小化していってしまう。

そもそもがこの世では
心の大きさを拡げるのが目的なのに、
淘汰されるべき点が増えてきたのでは
死後の濾過が進まなくなり
結果として滅という形となってしまう。

それではお話にならないので、
物質的な淘汰というのが
定期的に起こる様に出来ているのです。





この淘汰時に、ポイントとなるのは、
多の意識がどこへ向いているのか?
という点です。

前々回でもお話しましたが、
人は意識をした段階で現実となりますし、
そこへ向かって動き始めます。

もし、滅>生存という意識となれば
過去帰りとなりやがては滅亡。

生存>滅となれば、
未来への共歩となるので
間引きは完遂されるけど生存となります。

淘汰時の基準となるのは
この世の理での善悪ではなく
向こうの世界の理での善悪です。

つまり、念徳ということ。
心の大きさ、愛情の理解度を推し進める事が
出来る可能性が少ない人が
淘汰の基準となっていくという事ですね。

詰まるところ、本来ならば死後に
向こうの世界に帰る時に行われる
念想の天秤をこっちの世界で引き起こす。
という意味です。





現フェーズの黎明期では、
この意識のコントロールと
個>多というのは
実際に行われていましたが、

意識の物質化の論理的理解や
空間認識を行うまでの知識と知恵が
まだ足りていませんでした。

ですから、一番の難関である
個>多と、意識のコントロールを
最初に実現させておいて、
科学的な知識と知恵が一定数に満ちるまで
それを意図的に忘失させたのが、
このフェーズの始まりです。

精神的側面の発展には
物質的側面の発展が必要だけれども、
それには数が増え続けて
心の品質は悉く落ちてしまうという
リスクが絶対的に発生をします。

けれども、それを乗り越えないと
ステップアップ事態が完遂はできない。

なので、このフェーズでの事象の流れは
とりわけ精神的側面の流れは、
未来(過去)→現在→未来
となるのです。



2023年11月3日金曜日

ステップアップ・ネサシティー(知識UPシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^





前回の記事中に次のステップと
記載をしましたが、
一体何のステップなのかというのを
お話していきます。

人、つまり人類の事ですが、
我々はずっとずっと昔から段階を踏んで
今の状態へと辿り着きました。

現状の我々はフェーズ3です。

次のステップという事は、
フェーズ4に進むという話になりますが、
その前に1と2は何だったのかを
説明します。

フェーズ1は、猿人期です。
野性的で本能的な黎明期であり
「生きる」という点から始まり、
道具を使い始めるという点まで。

フェーズ2は、石器時代です。
常態的に道具を使い、
同族との円滑なコミュニケーションと
言葉等を使い熟し、社会性を得て
確立した文化的行動を始めるまで。


フェーズ3は、日本の時代で表わすと
縄文時代~現在に至るまでの期間であり
進行中。準備期。

社会性と人類としての文化を確立し
物質的側面と精神的側面の均衡を目指し、
意識の物質化を論理的に理解し、
空間認識基準を3次元から4次元以降へと
移行する為の構成要素の概念を
個人単位での理解が始まる点まで。





フェーズ4は、当然ながら3以降の
世界を示していて、簡単に言いますと
同種での争いの終焉から始まり、
個=多を純粋に理解する期間であり、
精神的側面の物質化の黎明期です。

これ以上をここでお話しても
仕方ないですし、
今回の内容からも反れてしまうので
とりあえず止めておきますが...

重要なのは、
何にしても我々にはステップアップが
必要なのだということ。

今ここで話した事が眉唾で
少々キショい内容なのも分かりますが

それでも人が進化してきたのは
紛れもない事実ですし、
それはこれから先も変わる事が無いですよ。
という事なのですね。





その中で、
今まで築き上げてきた物を踏襲しつつも、
概念自体を変えていかないと
先には進めないし、
多>個ではなく多=個であり、
多<個としての認識が、
そう遠くない将来に必要となってくる。

過去帰りを選ぶのか?
未来への共歩を模索するのか?

恐怖心(俗欲)に負けて犍陀多の如き
業をしていけば過去帰り待ったなしですし、
とりあえず、身近なところで
小さい幸せを見付ける努力を
今の時点からしておいて、
是が非でも生き延びるという選択をするのか。

という感じで、
必要性についてのお話でした。


2023年4月15日土曜日

かまって系人間(気付きの応用)





皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は自分の弱点についてです。
誰にでも弱点は存在します。
それが人間味ってやつでもあります。

この自分の弱点を知るんじゃなくて、
ちゃんと視る。理解する。
というのが、今回のテーマです。




まず、何で『知る』ではなくて
『視る』なのかというと、
自分の弱点などは、
とっくに御存知だろうからです。

少なくとも今回はそう仮定して話します。
(めんどくさいんでwww)

人には色々な弱点があります。
肉体的にも心的にもね。
ここでは心的な弱点を主観に捉えたいのですが、
気付きを得る事において、自身の弱点を
しっかりと据えて視るのは必要不可欠な行動です。

これが出来ないと、多くの気付きを逃す事になります。
どうしてか?




簡単な話で自分の事すらちゃんと視ようとしない人が、
他人はもとより、周りの事なんて気にすることなど
絶対に出来ないからです。

自分自身の弱点や弱みを晒すのではなくて、
ただ自分で理解して直視する。

それすらも何やかんや言い訳をして、
臭い物に蓋をする事宜しく、行わない、
やる勇気を持たない人が、
他者の事など直視出来るはずがありません。

精々、上っ面だけを見て知ったか振るのが関の山です。




泣こうが喚こうが、自分の事くらいちゃんと視る。
その努力をする。それができなければ、
どんな人からアドバイスを貰っても
活かすことは疎か、活かし切る事など到底出来ません。

トラウマだから…
     怖いから…
        嫌な思い出だから…

逃げ口上は幾らでもありますよ。
作りたかったら作ればいいし、言いたきゃ言えばいい。

けど、それに甘えていたって前には進めないんです。



辛い経験をしたのは分かります。
実際にあにきだってそりゃ辛い思いをしてますよ。

でもね、どんなに辛い経験をしたとしても、
そこへ甘えていいなんて事はないんです。
いずれは乗り越えなきゃ意味がない。

では、どうしてそれが出来ないのか?

人にもよりますけど、
辛い思いをしてる姿を見せたら、
人が優しくしてくれる。
その優しさに甘えて楽をしているからです。

言わば他力本願なだけ。




人の厚意を逆手に取った楽というのは、
本当に厳しい時、初歩の歩、
回復に向けた最初の一手では有効ですし、
お言葉や優しさに甘えるのは良い事だと思います。

困った時はお互い様ですからね。

ならばこそ言いたいのですが、
では、あなたは何を助けたのですか?
その恩に報いて何かをしたのですか?
ちゃんと前を向いて弱点を視て理解したのですか?

していないから、周りも呆れる。
そして、一人また一人と離れていき、孤独に苛まれる。

それを補うために可哀そうな自分をまた演じて、
安っぽい辛さを餌に新たな恩を貪っていく。

これが、かまって系人間の正体。




かまって系人間の行き着く先は何でもない
言わずと知れた貧乏神です。
更にその手の人が亡くなった後に行く所は、
イイところな訳が無い。

人は死んだら終わりじゃないです。
記憶が無くなる?!まさか^^
肉体が無くなるだけで、記憶は保持します。

亡くなってからが長いんですよ。
生きてた時の倍以上はそのままの人格で
過ごすことになります。

イイところじゃない場所へ行ったとすれば、
その糞長い時間を今のあなたが
そのままの状態で過ごす事になるんです。
しかも、今度は逃げられませんからね。
助けてもくれません。どこまでも続く苦痛です。

そうなるのは嫌でしょ?
だから、自分の弱点をちゃんと視なきゃいけない。




自分の弱点を視る。理解する。
人に晒すのではなく、ただ自分で理解をすればいい。
克服をするのでもない。ただ視るだけ。

そこから反省と学習をして、
次にどうやって繋げるのかを思考すればいい。
そして、実行に移す。当然に失敗だってする。
そしたらまた反省と学習を繰り返す。

こうやって自分を紡いでいく。
その過程の中でヒントになるものが転がっている。
それが【 気付き 】であり【 小さい幸せ 】。

こういう流れに持って行かなきゃならないから、
自分の弱点をちゃんと視て理解しないといけないんです。




ま、壮大な話だし、死んだ後の事なんて
映像とかで証明が出来るものでもない。
元々、眉唾物だと思われてるから
信じる信じないなんてどうでもいいけど。

せっかくだから、
かまって系を拗らせた人間が亡くなった後に
どうなるのかをチラッとだけ書きましょか...

いずれ寿命を全うしたらお迎えが来ます。
(狭間で彷徨わなければ)誰でもお迎えに乗ります。
そのあと一瞬真っ暗になったら、その後に視界が開けます。

目の前に広がる荒涼とした空間。
そこで初めて真実を知って、すべてを思い出します。

後悔先に立たずです。