皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
考えと悩みは違います。
考え方を知っていて
自己で完結可能な思考が「考え」。
「考え」の延長線上に在って
考え方自体が分からず負の螺旋に
入り始めている思考が「悩み」。
字が違うのですから、
意味だって当然に違います。
そこを理解すれば
解決への糸口は自ずと視えてきます。
上述した様に
悩んでいる状態というのは、
考え方が「分かっていない」
若しくは
考え方が「足りていない」
そういう状態です。
ですので、考え方自体を
教えてもらうなり
増やしてもらうなりの
行動を取れば良いだけとなります。
にも関わらず、
自身の目線は悩みの中枢たる
物事自体に向いてしまっているから
負の螺旋に入って沈んでいってしまう。
悩みが出てきた際に目を向けるべくは
物事ではなくその外殻を取り巻いている
考え方という「手法」なのですね。
で、
実際の解決法となるのですが
考え方というのものから
貴方に向かって
歩んできてくれる事はありません。
そこまで貴方に忖度する理由が無いのです。
大切なのは、
貴方自身が自ら率先して動く事。
貴方が考え方を得る事を目指し
率先して動く事によって
考え方を知っている人や
そこへ繋げてくれる人と
出会う事が可能となってくるのですね。
要するに、
貴方自身がその身を使って
きっかけを探しに行かないと駄目なのです。
考え方を得る為の「きっかけ」をです。
そして、
きっかけを得たら貴方自身が
それを実行へと移す動きが必要となります。
貴方の代わりに誰かが何かを
やってくれる訳ではないし、
もし仮に、やってもらうならば
それ相応の対価や代償を払うのは必定です。
それでも解決したいと願うのが
本当の意味での悩みというものです。
普段、皆さんが悩みと述べているのは
果たしてここまでのものですか。
大抵の場合は、単なる思考停止の産物で
自身の俗欲を満たす為だけの
絵空事に過ぎないと思いますよ。
きっかけを教える側の人間が
こんな事を口にするのは
何とも珍妙な話だと感じると思いますが、
こういう事を話したくなるくらい
程度の低い話が横行しているという事です。
そういった人に割く時間は勿体無い。
それにつまんないしね、
自分本位の馬鹿と話すのは。
本来話をすべき真に悩んでいる人への時間が
こういう人達の為に削られてしまうのは
ハッキリ言って嫌なので、
僕は誰でもウエルカムにはせずに
ちゃんと選んでいるという訳です。
それを自身でも
経験があるからこその
対応なんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
考えてから動くのは知的ですが、
動いてから考えるのも知的です。
ですが、
考え無しに動くのとは違います。
そこには自分の後押しが出来る程の、
自身のバックアップや
尻ぬぐいが可能なほどの
「知識」が必要になります。
そこで初めて可能となるのが、
「動いてから考える」です。
では、どうして最初に考えないのか。
それは、
考えても分からないからです。
知識というのは、
自身の中に持ち合わせていたとしても
それが結び付かなければ
「分からない」という結論になります。
つまり、「考え方」が、
分からないのですね。
事前に理解をして点と点を線にしてから
動き始めるのが前者で、
まずは動いてみてから
点と点を線にする方法をそこから
見出していくのが後者です。
なので、どちらも知的となるのですね。
一番知的では無いのは、
そもそもの知識を持ち合わせておらずに
考えたフリをして何もしない事と
知識も理解も無く動いてみて
結果だけを追い求める事。
これらはどちらも無知から来る
能無しの所業です。
この手を続ける人達は、
結局誰かに使われ続けて終わります。
これを「畜生」と言うのです。
一定の知識があるのならば、
怖気付かせて悩み散らかせ
動かぬ選択肢を取るよりも
思考を以て動きましょう。
先に動くか後に動くかは
どこまでも貴方の自由なのですからね。
ニーッ
サンッ...
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
何かしらの問題や事案が発生して
それらの改善に向けて
あれやこれやと思案すると思います。
その過程の中で、
人にアドバイスを求めたり
物に力を求めたり
神仏霊魂へ救いを求めたりするのが
皆さんの動き方です。
ですが、この動き方を実行していても
思うように改善しないから
人は悩み苦労をします。
何故に改善へ進み難いのかと言うと、
「自ら歩みを止めてしまう」からです。
己以外の存在へと
助言を求めたりするのは善いのですが、
その際に手段と目的を
入れ違えてしまう事が問題なのです。
助言はあくまでも助言であり、
何をするにも先ずは
己が動く前提でなければいけません。
例えば、
罹患して病院へ行き
処置や薬を処方してもらうのも助言です。
改善が「目的」であって、
病院や医師は貴方にとっての「手段」です。
当然に処置や薬も「手段」です。
けれども、
いつしか診断が目的となってしまい
そこで歩みを止めてしまう。
ここでの「歩み」と、いうのは、
「思考」を含んだ業です。
つまり、思考停止が相まって他力本願となり
自分は動く事がなくなってしまう。
その結果、
改善には程遠いものへと変貌していく。
スピリチュアルや霊的なものに対して
自身の改善を求めていながらも、
一向に改善へと進まないのは
個々の歩みを止めてしまっているのが
ほぼ全ての原因だと僕は考えます。
そして、その歩みを止める因子が
教える側にある場合もあれば、
神秘性や奇跡を言い訳にして
自ら止めてしまう場合もあります。
それですと何も進みません。
どんな事象であっても改善に向ける為には
自分から動く事が基本となります。
そこには
自分を信じたり自分に打ち勝ったり
駄目な自分を認めたり、愉しみを得たりと
ありとあらゆる物事が必要となるのです。
何をするにしても、
改善を欲するのであれば思考停止をしない事。
己の歩みを決して止めない事。
その先に初めて
貴方の求める安らぎがありますからね。
周りの存在も
含まれるんやで