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2025年6月9日月曜日

考える前に動く(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




相手を想って動く事の難しさを
しつこい位に話をしています。

難しいと聞くと、
どうしても簡単な方法は無いものかと
考えるのが常というものです。

実際に、簡単な方法が
有るか無いかで言うと方法はあります。

と、言いますか、
方法そのものは簡単過ぎるくらいに
簡単なのですね。

僕が散々話している事が
その方法なのです。

ただ、それを極限まで難易度を
上げてしまっているのは、

動く前にゴチャゴチャと
余計な事を巡らせて足止めをしている
貴方自身です。

思考を巡らせて分かるものであれば
動く前にちゃんと考える事が大切です。

けれども、
頭を巡らせたところで分からないものを
幾ら考えようとしたとしても、

考え方が分からなかったり
考える思考力や理解力が追い付かなかったら
そもそも答えが出せないのですから、

それは考えているのではなくて
ただ言葉を脳内ループさせているだけであり
単なる「作業」をしているだけになります。




答えが出せないものを続けていると
徒に疲れが溜まるだけですし、

「言い訳に言い訳を連ねる為の作業」

と、なっていきますから
急速に足取りが遅くなっていき

「何もしない」という結果となるのです。

ですが、それだと理解をしている人しか
何も出来ないという結論となります。

それは非常にナンセンスですし、
全く面白くないですよね。

その点を回避させて
誰もが実行に移せる為の簡単な方法が

「考える前に動く」なのですね。

万物は
「肉体」「幽体」「霊体」という素体が
合わさって構成されています。

この内の肉体的行動の場合でしたら
動く前に考える必要が出てきます。

肉体的行動というのは、
俗欲をベースとした行動です。
普段から皆さんがやっている
何でもない動きの事ですね。

これとは別に、
「幽体的行動」や「霊体的行動」
というのがあります。

これらは感情や想いを基礎とした動きを指し、
向こうの世界の理を芯に据えた動きとなります。

現世の理ではなく、向こうの世界基準なので
一見すると理に介さない様な動きです。

この行動の場合は考える前にまず動き、
先に「感覚」を肌身で覚えます。

その事後に改めて考える。
こうする事によって理解度が数段増します。




何故なら、
向こうの世界の理に則った動きなのですから、
それを補完させるに余りある様な
「知識」「経験」があれば別ですが、

そうでなければ、
考えようにも考えられないものだからです。
けれども、そこに肉体は存在するのですから
行動自体は可能です。

自分よりも先に相手を想ったり
正しく全き思い遣りに繋がる様な動きは
総てこれに該当します。

では、実際にどうやるのか。

色々な場面に於いて
自分の中で足止めを施す思考が
出てくる瞬間がありますよね。

例えば、徳積みでも話しましたが、

コンビニでゴミが落ちているとします。
それに目を向けた貴方は拾おうとする。
その瞬間に

「自分の家じゃないし」とか
「お店の人の仕事だから」とか

そういう思考が巡り始めて
拾おうとした自分の事を足止めします。

それをガン無視すれば良いだけです。

似た様な事が挨拶でも言えますね。
挨拶をされたら普通に挨拶を返せば良い。

それが出来ないのは何故なのか。
やれないのは何故なのか。
下らない疑心暗鬼となる前に動く。

その後の事はその後で考える。
日頃から練習や訓練という経験を
積んでいなければ

「事前に分かる事なんて実は物凄く少ない」

という事に気が付ければ、
この動きは容易に出来ますし
僕の言ってる「簡単」の意味も分かりますよ。

事前よりも
事後に分かる物事を
確実に紡いで
実とするのが本来の
スピリチュアルやで

2025年3月11日火曜日

癒しと幽体(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




様々な癒しがあります。

マッサージの様な肉体に触れる癒しとか
映像や絵画の様な
目で見て感じ取る癒し、

音楽などの耳で聴きとる癒し、

アロマの様な匂いを嗅ぎ取る癒し

美味しいものを食べて
満足を得る癒し。

五感に直結しているもしくは、
それらを複合的に感じ取るものが
基本的な癒しの形となります。




これらの癒しというのは、
肉体を通じて幽体にも影響を与えます。

幽体の流れというのが整ったり、
肉体内での幽体の納まりが整ったり、
幽体から溢れている感情色が安定したりと

色々な効果を発揮してくれます。

幽体が整うと肉体にも影響が露出します。
逆に言えば、
肉体が整っても幽体のバランスが崩れていたり
納まりが悪かったりすると

せっかく整った肉体も
時間を掛けずに崩れ易くなったりします。

幽体の整いは「想い」が基本となります。
ここでの想いは自身のだけでなく、
対象者が要る癒しであるならば
その施術者の想いも必須の要素となります。

しっかりと癒された筈なのに、
どこか物足りなさを感じていたり。

しっくりと感じられなかったりする時、
自身や相手の「想い」と、いうのを
意識してみても宜しいかと思いますよ。

幽体が整った時の
感覚ってのは
何とも言えない
独特のものなんやで

2025年2月8日土曜日

清浄なるもの(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




何か辛い事があった時や
疲れてしまった時などに
自分を整えるという意味合いで

好きな事をしたり、
リラクゼーションに励んだりする
皆さんその様な動きをした事が
あるのではないでしょうか。

この様な、
心身をリラックスさせたり
気持ちの高揚をさせたり
澄ませる動きをする事を

「清浄化(しょうじょうか)」

と、言います。

清め洗い流すという意味なのですが、
この時に意識すべき事の一つに

「透明度」

と、言うものがあります。




何の透明度かと言いますと、
簡単に表すならば「心」です。

よく世間で言い表わされている

「心を無にする」とか
「感情を無にする」

というよりは
字の如くなのですが、

「心を透き通らせる」

と、いうイメージです。
実際には何をしているのかと言えば
透明度を増加させる事で、

俗欲を一時的に減衰させて
半ば強制的に向こうの世界へ
幽体を触れさせている感じです。

ここでの向こうの世界とは
浄土とかではなく、狭間となります。




その為のイメージと言いますか
コツみたいなものになりますが、

心をイメージさせるというよりかは

「肉体を透明にさせる」
「肉体の質量を限りなく無くす」

という様なイメージをすると
非常にやり易いです。

幽体の話なので、
どうしても心や感情にイメージや
意識を向けがちですが、

それらは元から
目に映るものではないので
却ってイメージがし難いのですね。

それであるならば、肉体の方が
普段から目にしてますから
逆にイメージをし易いのです。

上手くやれると、
質量を忘れた様な感覚を覚えます。
その後は物凄くリラックス出来ますから
お手軽ですしお薦めですよ。

色んなイメージが
ポンポン
湧いてきたりも
するんやで

2025年1月11日土曜日

色(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




「幽体色」と「感情色」
というのがあります。
読んで字の如くとなりますが、
幽体の色と感情の色です。

幽体色というのは、
その存在の持っている

「基本的精神性」

とでも言う代物となりますので
色が変わる事はありません。
但し、薄まる事はあります。

感情色というのは、
皆さんで言うところのオーラだと
思って頂いて結構です。

これに関しては、
感情面に起因しますので
色がその都度変化します。

″都度"という表現が見合う程
頻繁に変化します。

また、俗欲の濃さによっても
色の出方が変わります。




この二つの存在箇所を
物質的な表現で言い表わすならば

幽体色が「肉体内」
感情色が「肉体外」

という感じです。

見え方の強弱の差はありますが、
感情色は訓練すれば
誰でも見れる様になるモノです。

それと反して幽体色については
誰もが視れる代物ではありません。

これら二種の亜種として
「病色」というのがあります。

色とは表現出来ますが、
厳密には「煙」の方が近い表現です。

肉体に属する弱点箇所
例えば、

怪我をしそうな部位や
病気になりそうな部位が
煙を纏った様な感じとなり
その色が濃い程、近い内に発症する
というものとなります。




ここまで解説をしてきた
各種「色」ですが、これらは
「音」としても表わす事が出来ます。

音の強弱や高低でもありますが、
「響き」や「伸び」などの表現が近いです。

これらは肉体の視聴覚にて
直接得る場合もありますし、
人や場合によってはイメージとして
間接的に得る場合もあります。

また、基本的にこれらの感覚は
「五感に基き得るもの」ですから、

視覚、聴覚以外の嗅覚、触覚、味覚でも
稀有にはなりますが、
識別出来る事もあります。

ちなみにですが、
「色」を視聴き出来る人が居たところで
その人を必要以上に特別視する様な事は
何ら意味がありません。

重要なのは、
視える人の方ではなくて

「必要としている方」へ

しっかりと教えたり伝える事ですからね。

どう考えても
大事なのは
そっちやろ