皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
どなたにでも悩みはあります。
また、誰彼問わず
口にする事が出来るのは
悩みとは言いません。
おいそれと言えなかったり
そもそも言葉にする事自体
難しいものが悩みというやつです。
その悩みはどうしても
一人で抱えがちになってしまいます。
ですが、一人で抱えれば抱える程
状況が悪化していくのが悩みです。
言えない理由は縷々様々ありますね。
こればかりは千差万別です。
相談が出来ない理由も様々です。
相談する場所を知らない場合、
相談できる人を知らない場合、
一番多いのが、
「相談しても仕方ないからと
決め付けている場合」。
この手のタイプの人は、
悩みの解決をする為の動き方を
知りたいのではなく、
自分は動かずに解決をしてほしい
もしくは、
悩んでいる風の自分の姿に溺れている
だけです。
なので、悩んではいないですね。
本当に悩んでいる方というのは、
藁をも縋る思いですから
兎に角どうにかしたいと考えます。
一人で抱えてしまっている時は
確実に悪い方への想像をしてしまいます。
悪い方への想像に疲れると
現実逃避の方向へとシフトチェンジします。
現実逃避がスタートすると
楽を求めて走り回ります。
そして、悪い奴に騙されて悪化します。
こうなってしまっては
元も子もありません。
ですが、
悩み散らかしている方々の多くは
この流れに嵌り易いのも事実です。
また、解決の糸口を掴むための考え方や
それに伴う動き方自体が分からなくて、
悩みの中で更に悩みを増加させ
悩み続けてしまい、
思考迷路に陥ってしまっている方も
多く見受けられます。
悩みというのは、
最初期に如何に対処するかで
その後が決まります。
まずは、言葉に出してみる事。
言語化してみること。
面倒臭くても紙などに書く。
それを音読する。
アナログですが、
これは結構効き目があります。
自分の悩みを客観視出来るからです。
スマホなどのメモに書いたりするのは
お勧めしません。
ペンを使うよりも楽ですし
書いているという手間が無いからです。
ここまでやって
馬鹿馬鹿しくなる程度の悩みは
悩みの中でも限りなく自分本位に近い
どうしようもなく小さな問題なので、
自然と解決の糸口を見い出せる筈です。
逆に、全く馬鹿馬鹿しくならないとか
それでも悩み散らかしてしまう場合は、
貴方自身だけではもう
どうしようもない状態のサインですから
潔くどなたかに話をしましょう。
ここで貴方が悩みを話すべき相手は、
まずは、
貴方の中で一番信頼が置ける人
または、一番博識な人です。
単に友人だからとか
家族だからとかってのは、
あまりに危険極まりないので
止めておいた方が身の為です。
自分から動いて言葉を発し、
あらゆる場面で糸口を見付ける努力をする。
今まで自身がやってこなかった動きを
一生懸命にやってみるんです。
それでも自分に甘える場合は、
それまでだったという事です。
厳しい言い方ですが、
一人で悩みを抱えるというのは
そういうものですからね。
無碍にした数ほど
貴方が救われる
機会や回数は
減るんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
先日は小さい幸せを
見付けるという点で
話す事について書きましたが、
今回はその序段としての
聴くについてお話したいと思います。
人は言葉でコミュニケーションを
取りますが、話すという事は
聴くという事が大前提となります。
話を聞く事が出来なければ、
会話としての成立は難しいですからね。
自分の事だけを伝えるのに注力していたら
何も前には進みません。
その渦中に言葉というものが
存在していて、
言葉の意味は必ず考えないといけませんが、
『そこへ心が乗るか乗らないか?』
『重みがあるか無いか?』
という点にも気を向けないといけない。
つまり、聴くという所作の事です。
先述したこの3点、
『言葉の意味を考える』
『心の有無』
『重みの有無』
これらを日々意識して会話をすると、
何が目的で、どういう優先順位で
こちらに意思を向けているのかという点が
必ず視えてきます。
真意で話しているのかとか
本気と見せてる偽りなのかとか、
その場のみの感情なのかとか、
何かしらの意図を以って
言葉を投げかけてきている訳ですが、
その本音というのは
ベールに包まれたまま...
という事が多いのが現実だと思います。
それが透けて視えてきます。
そして、この所作を続けていくと、
人の言葉だけでなく
人以外の生き物の声や音色、
木々などの動く音などにも
心が乗っていて、
感情が入っているという事に
気が付ける様になります。
動物や鳥などは
感情がダイレクトですから、
とても分かりやすいです。
怒り、空腹、痛み、眠気、歓び、哀しみ
人よりも明らかに分かりやすいです。
それらに気が付けるから、
先日の様な「話す」という事が
出来る訳ですし、
気が付けなければ
それ以上の小さい幸せは見付かりません。
これは出来ない事ではなくて、
皆さんが昔から出来ていた事なんですよ。
別に動物に限らず植物や石とかの鉱物でも
声や音などを聞いてその感情を受ける。
まやかしだと思われるなら、
それで良いですが、
では、例えばですが、
どうして水の音色や風の音、虫の音色、
石の音色、金属の音、木々のざわめき、
そういった音を聞いて癒されるだの
どうのと言ってるんですか?
その音をピンポイントで聴くと、
律した感想を述べるのに、
こうやって話してみると、
まやかしだと考える。
これが、「周りに流される」という事です。
言葉の意味を考えないで、
話の内容の上っ面だけを聞いてるから、
変な奴の変な話としか聞けない。
変な奴と一緒にされたくないから、
適当にあしらう。
「個<多」の原則に侵されている証拠。
ですが、本来は「多<個」なんですよ。
だから、元々知っている。
にも、関わらず、
自分でも自然と気が付いている筈の
重要な内容だという事なのに、
言葉の意味を考えないから気付けない。
聞き流しているのではなく
聴いてない。
聴く事が出来ないのだから、
それ以上に話す事も出来なければ、
気付く訳もないし、気付ける事も無い。
聞くのではなく、聴くに注力してみて下さい。
そうすれば、話せる様になりますし、
小さい幸せの数も増えますから。
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は小さい幸せの見付け方の
延長として、
「話す」という事について
お話をしようかと思います。
人は話でコミュニケーションを
行う存在ですが、
何もこれは人同士のみに
限定された事ではありません。
手頃なところで言うと、
動物やペットに対して
普通に話しかけていますよね?
こちらから話しかけても
言葉では返ってきませんが、
特に違和感も無くやってますよね。
ペットなどですと、
行動で返してくれたりしますし。
では、これは動物以外だと
意味が無いのでしょうか?
答えはノーで、
植物でも虫でも
目の前に広がる全ての存在が
話しに答えてくれますよ。
彼らにも想いというものが
ちゃんとありますから、
それは通じるものなんですね。
但し、小馬鹿にしていたり
話しかけるこちら側が
それを信じていなかったり
敬意を持っていなければ
当たり前ですが
答えてくれる事は無いです。
例えば、上の写真の様に
朝のコーヒータイムに
あにきの所へ寄ってくる
虫さんがいます。
10月に入ると来るんですが、
必ずピタッとくっついて、
頭を撫でても逃げる事が無いです。
尚、去年は1羽でした。
この子は蛾なので寿命が短いですから
今年同じ子が来る事はありません。
ですので、言葉でお願いというか
約束をしておいたんですね。
去年来た子に。
「今度はお友達も連れておいで」って。
去年の内はずっと1羽でしたが、
今年の10月に入ったら
ちゃんと2羽で来てくれました。
こうして、言葉に心が乗れば
虫さんにだって通じるんですよ。
これは一例であって、
カマキリやハチさんやクワガタや
事例は幾つもあります。
虫さんに限らず、
植物なども同様で話しかけると
成長の感じ方が変わります。
食用であれば味も変わりますよ。
自分で育てている植物でなくても
そこらに生えている雑草とか
木々でも色々と答えてくれます。
ただ、植物はのんびり屋さんなので
かなり時間が掛かりますから、
人の感覚で考えているとダメですね。
焦りは禁物で、
相手に合わせる思い遣りが大切です。
こんな感じで恥じる事無く
普通に話し掛ければ返ってきますし、
それに気付ければとても嬉しいですよね。
これぞ小さい幸せであり、
愛情なんですよ。
これが自分の当たり前になってしまえばね、
奇跡でもなんでもないのです。