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2025年7月26日土曜日

発見はすぐ傍にある(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




何かに新しく気が付いたり
見付けたりする「発見」は
とても身近な所に点在しています。

確かに遠くへ行かないと
見付からなかったり
分からなかったりする発見もありますが、

基本は身近な面で起こり得ます。

にも関わらず、
見付け難いのは何故なのか。

そこには

「過剰なルーティン化」

と、いう念基軸的な所作が関わっています。

ルーティン化自体が駄目な事
という話ではないです。

生きる上で、日頃の生活をする上で
決まり切った動きというのは必須ですし、
毎度毎度違った動きをするのは
とても非生産的ですからね。




その反面、
「楽に興じる」のも確かでして
以前から話している通り、
視野がとても狭くなります。

何でもかんでもルーティン化させるのは
楽になるのと引き換えに、
思考を著しく阻害する事に繋がります。

端的に言うと、
「考えるのを辞める」という意味です。

ここで言う「考える」とは、

「意識をして行動する事」や
「意思を以て意図的に動く」

という事を指します。

ルーティン化によって効率的で
合理的な動きが可能とはなりますが、
その数は明らかに減衰減少してしまう。

自身を「発見に導く」には、
目線を誘導させないといけません。

目線の誘導とは先に述べた
「考える」という事の比喩です。

同じ事ばかりを続けていれば
同じ部分にしか目は向かなくなり、
総てに於いて

「やってるつもり」
「動いているつもり」
「考えているつもり」

といった流れとなってしまうのですね。
これが「念基軸思考」です。




物事は想いと念のバランスが肝心です。
ルーティン化によって
楽と同時に念基軸思考に偏る訳ですから、

ある場面場面では
時には非効率的だったり
非合理的な所作を敢えて行い、

想い基軸へとバロメータを戻す事も
必要になってくるのですね。

この動き方や考え方が
「柔軟性」となります。

発見や「気付き」とは
この柔軟性を得た動きが出来なければ
その根本的な数を増やす事は不可能です。

また、そこには知識も必須となります。

こういった点を日頃から見直しつつ
実戦の中で常に養っていく動きを

「日頃の業(おこない)」

と、言います。

ここまで読んで、
なるほどと思った方も居れば
「私は出来ている方だな」と
思われた方も居るでしょう。


これぞ実戦や

2024年11月22日金曜日

言葉の意味を理解する(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。





あまり堅く考え過ぎずに
少しは緩く考えましょう。

よく聴く台詞です。

ですが、
これを鵜呑みにしていいのは、
堅く考えている人だけです。

元々緩い考えの人が、
それ以上に緩く考えても
酷い結果しか生まれません。

人は元々楽をしたがる生き物です。
その最中で、こんな台詞を聞いたら

「もっと楽をして良いんだ」

と、
ひと際怠惰となってしまいます。

元々緩く考える人は、
堅く考える事を覚えないといけません。

堅すぎても駄目、
緩すぎても駄目、

その中間を目指す事が大切です。





では、実際に緩く考えるとは
一体どういうものを指すのでしょうか。

「アバウトに捉える」
「大体で考える」
「ボケっとする」

どれも微妙に不正解です。
正解は、
「考え過ぎない」ですね。

堅く考えてしまう人というのは、
基本的に悩み過ぎのケースが
殆どとなります。

悩まなくても良い場面で悩んで
勝手に圧し潰されてるか、
身動きを取れなくしてしまう。

「まだ何も起きていないのに悩む」
というパターンです。

このケースの人を表現する際に

「石橋を叩いて渡る性格」と、

形容する事が多いと思いますが、
根本的な解釈を間違えている場合が
よく見かけられます。





この諺は、
「慎重に慎重を重ねる」
という意味となります。

つまり、慎重を喫すですから
心情としては
「考える」という解釈です。

では、先述した
「まだ何も起きていないのに悩む」
というのはどうでしょうか。

記述してある通り、「悩む」です。

「考える」と「悩む」は、
全く別の状態です。

様々な解釈があると思いますが、
完結に言うならば、

考えるは、「前向きな姿勢」
悩むは、「後向きな姿勢」

であると、表現出来ます。

ある物事を解決に向けて思考する
これが「考える」。

逆に、
どうしたら良いのかワケワカメな思考
これが「悩む」。





堅く考えてしまう人というのは、
この二つの言葉の意味を
同一視しているケースが多いです。

実際には、だいぶ違う意味であるのに
そこが微妙に理解出来ていない状態。

ですから、
この手の相談を受けた際には、
言葉の意味を教える点からスタートします。

その上で、序段で示した
「緩く考える」という文言へ導かないと
しっかりとした解釈が響かないのですね。

では逆に、元々緩い人は
どういう傾向なのかと言うと、

「必要以上に悩まない」
「必要以上に考えない」

となりますので、
「もっと考えろ」「もっと悩め」
と、いったアドバイスとなる訳です。

心のバロメーターがどちらかに
振れ過ぎると問題が起きやすくなります。

そのバロメーターをなるべく中間点に
位置付けさせる事が重要です。

そこでは、
言葉の意味を知る、理解する。
というのが、
解決へ向けてかなり大きな
割合を占めるという事を
忘れてはいけません。

理解力や
認識力には
基礎学力と
日々の触れ合いが
不可欠なんやで

2024年11月16日土曜日

未完の許容(実践シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。





日常の中で、
中途半端というのが
宜しくない事というのは、

ここを読んでいる方々ならば
誰しもが理解されている事だと
思いますが、

では、完全や完結が
自然界や万物に当て嵌まるのか

日常の中に自然と嵌るのかというと
それは些か違います。

現実の中を生きている我々にとって
通常の状態は「未完」です。

それをそのまま受け取ってしまうと
何もかもが中途半端で善いものと
捉えてしまいそうですが、

それは絶対的に間違っていて、
未完の事実は許容しつつも、
先へ進む為には
意図的な完結や完全を作る必要がある。

何故かと言うと、
「目的や目標」を策定した方が
万物は動き易くなるからです。





現実を生きるという事は
そこにはどんな形であれ
時間という概念が影響します。

つまり、
「事象を進めるのは有限」
という事です。

決して無限ではない。

それを如何に効率的且つ合理的に
推し進める事が出来るか

その渦中に於いて必須となるのが

「完全」と「完結」

という意図的な所作です。

これがそのまま
「目標」及び「目的」となります。

ですから、
歩みを先に進ませる事が出来る。
意欲が湧くという事ですね。





けれども、
これは未完の最中の一所作に過ぎなくて

段落を変えたり、呼吸を吐くための
差し詰め、
「句点」としての役割の一つに過ぎません。

完璧主義という動き方がありますが、
これは、先に述べました

完全や完結といった
散りばめられた一事象のみに
視点を定めて固定する様な
視野狭窄を是とする考え方となり得るので

自分本位や自分優位といった
手前味噌な動きには良いですが
視野が広がった瞬間から

未完の広大さに溺れて挫折を味わいます。

例えば、
宇宙宇宙と言いながら
地球やそこらの星だけを
眺めているのと同じです。

その先には太陽系があり、
他の恒星系があり、
それらが無数に集まった銀河系があり
銀河系が集まった銀河団や銀河群がある。

私達の生活も同じです。
長大な人生という時間の中で
膨大とも言える「未完」の渦中を
我々は過ごしているのですから、

その未完を如何に許容しつつ
どれだけ繊細且つ大胆に

「完全」や「完結」といった
「句点」を駆使出来るか。

という事が重要となる訳です。

考えるんやが
考え過ぎない
思考回路
柔軟性が
大切なんやで