2022年12月8日木曜日

貧乏神には嫌われよう(運気下げシリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

さて、前回の続きです。

運気を下げないようにするためには...
自己憑依者や貧乏神、生霊を飛ばしちゃう様な
運気サゲサゲな人達から、

嫌われちゃえば良いんじゃね?('Д')?!

という事で今回は、
貧乏神が嫌うタイプをご紹介していきます。



【 自分の意見をハッキリと言える人 】

この手のタイプの人は、
貧乏神の意見や考え方に対して
簡単には同調しない人という事になるので、
非常に嫌われます。善き!




【 世間体を気にしない 】

自分というものをしっかりと持っていて、
むやみやたらと周りに流されにくい人ですから、
貧乏神の取り巻きにも流されない事になるので、
とても嫌われます。善き!!




【 お金に執着が無い人 】

貧乏神は己も人(家族、パートナー、子供、
従業員、お客さん、その他知らない人...)
人という人が誰も信じられないので、
価値基準の全てがお金です。
ですから、金銭欲の無い人だと
操りにくいので困るんですね。善き☆




【 自分のリズムを持っている人 】

貧乏神が持っている行動パターンなどに
同調できない人となりますから、
とても困るんですね。善き☆彡




【 霊的な感覚や勘が鋭い人 】

貧乏神は自分がとても出来る人間だと
勝手に思い込んでおり、
自身の思惑や考えが見透かされるのを
とても嫌がるので、この手のタイプは
非常に苦手です。善き★




【 知的な人や知識豊富な人 】

貧乏神は自分がとても優秀な人間だと
勝手に信じきっているので、
自分より優れている人や頭のキレる人だと
操りにくい存在となりますから
すごく嫌います。善き^^




【 綺麗好きな人 】

貧乏神は口先では綺麗好きだと言いますが、
実は汚れている空間をすごく好みます。
心から擦れ切っているので、
汚い場所や部屋、物、空間が落ち着くんですね。
なので、本当に綺麗好きでお掃除好き、
片付けられる人というのを心から嫌います。
善き^^v




【 幸せな人 】

貧乏神は自身を世界一不幸な存在だと、
自分でギネス認定しているので、
どんなに小さい事だったとしても、
単純に幸せを感じている人や、
しあわせを感じられる人を嫌います。
善き^o^




【 正義感の強い人 】

貧乏神は言葉でこそ正義を語りますが、
行動は真逆を貫く存在です。
目の前で人が倒れていても、面倒臭いとか
時間が無いなど何やかんやと理由を付けて
声を掛ける事すら拒みます。

なので、正義感を持っている人は
自身とは真逆の存在になりますから、
心底嫌います。善き^-^




大まかなタイプはこんな感じとなります。
ここで絶対に覚えておかないと
いけない事が一つあります。

先に述べた様な貧乏神にとって嫌いなタイプの
人というのは、同時に
【 貧乏神から狙われるタイプ 】でもある
という事です。

何故かというと、嫌いなタイプだからこそ、
言いなりにさせた時の征服感が大きいからです。




貧乏神というのは、自分勝手を極めし存在ですから
人を貶める快楽に手抜きをすることはないですし、
もちろん、罪悪感も持ち合わせていません。

口では常識や社会的認識を満たしていると
豪語しますが、総じて嫌いなタイプに対しては、
何をやっても馬鹿にしたり、コケにしたり、
侮辱や屈辱を人一倍与えてきます。

その方がアイデンティティーを
破壊しやすく、操りやすくなるからです。

つまり、嫌いなタイプになると、
否が応でも風当たりが強くなります。
ですが、それを恐れるあまりに回避してると
自分が貧乏神に引き寄せられてしまい、
とんでもない目に合ってしまいます。




肝心なのは、それを理解した上で
貧乏神を(に)

【 絶対に恐れないこと 】
【 絶対に惑わされないこと 】

なんですね。

こうやって文字にして起こすと、貧乏神が
すごく恐ろしい存在と思えてしまいますが、
どうか安心して下さい。

貧乏神ってのは、すごく限定的な
とても小さい世界、微小のコミュニティでしか
成り立たない存在なのです。

要は井の中の蛙ということ。




自分の身の回りや会社、学校、組織の中で、
貧乏神やその取り巻きに出くわして
関わることになってしまったとしても、
恐れずに堂々と嫌われましょう(笑)。

そして、
残念ながら辛い目にあってしまった時は、
どうか外に目を向けて下さい。
広い世界を見て下さい。

あなたの味方は外にたくさんいますから。


2022年12月5日月曜日

オナジ アナノ ムジナ(運気下げシリーズ)

皆さんこんばんは、あにきです^^

さて、前回の続きとなります。




貧乏神としての要素が完成した人は
周りの人に対して牙を剥いていきますが
手当り次第という訳ではありません。

まず、貧乏神に人が寄ってきます。
様々な理由と状況で集まってきますが、
一番多いのは、
【人に対する目利きが出来ない人】です。

例えば、その時に心が病んでいたり
病んでいるというのは、
普通に精神的に病んでいるのもありますが、
霊的に憑依されていたりする事も含みます。

また、
物事をハッキリと言えない人だったり、
そもそもが過剰な平和主義思考の人、
つまり、脳内お花畑思考の人だったり、
色々です。

その次に多いのが、貧乏神と同類の人です。
似たような性格ということ。




自己憑依者、貧乏神は「ある事」を
基本概念として行動します。何かというと、
【 責任回避 】です。

無責任ではなく、責任回避です。
これは明確に違いますので間違えないで下さい。

そもそも責任というのを考えもしないで
行動するのが無責任です。
責任回避というのは、
責任は負いたくないけど、責任を負っている様な
態度を見せて周りの人に認められたいという、
承認欲求の形の一つとなりますから、
無責任とは全くの別物です。

で、その思考が貧乏神の行動概念の基本形なので、
何をするにしても最終的な行為は他人が行う様に
立ち回ります。

年齢性別を問わず、
その為ならば平気で嘘だって吐きます。




その間に、感情の強弱を巧みに使い分けて
責任感がある人を利用して動いていきますが、
根本的に責任感に溢れている人は、
人の中身をちゃんと見ようとするので、
貧乏神の特質を早期に見抜きます。
(これが目利きの代表例です)
なので、早々に貧乏神から離れていきます。

問題はここからで、
では目利きの出来ない人ってのは、
どうなるのかと言いますと、
貧乏神の行動に惑わされてしまい、

自身の正義感や優しさ、義憤など様々な感情を
逆撫でされた上で利用されてしまい、
気が付いたら貧乏神の代わりとして、
表立った行動や行為をするようになっていきます。




この時に、ご自身でも何かがおかしい?と
気付き始めてくるのですが、
そこで前述した
「物事をハッキリと言えない」
だったり、
「過剰な平和主義思考(お花畑)」だったり、
という面が邪魔をしてしまい、
ループに嵌っていきます。

そして、気が付いた時には、
貧乏神の思考=自身の思考と
勘違いをするようになり、デフォルトになる。

当然、その人の周りの人(家族とか)は
付いていけなくなるから、不穏になっていく。

最終的には、何かしらの不幸が纏わり付いて
そのまま戻れなくなったり、
家族やパートナー、友人と別離したり、
曰く因縁のある結果となっていく。




大概の場合、そこまでいく途中で助けられたり
助けを求めたり、形は多々あれども
貧乏神から離れていくものなのですが、

そのまま貧乏神と似た存在に
堕ちていく人もいます。

これの繰り返しで、貧乏神と似たような人が
集まっていきますので、
『類は友を呼ぶ』と解釈する人もいますが、
間違わないで下さい。

人のしあわせを抜き取って、
不幸へ追いやる存在の集まりなのですよ?
決して良い存在ではないのですから、
これは類友ではなくて、

『同じ穴の狢(おなじあなのむじな)』

となります。
こうして不幸の極大化を進めていくのが
貧乏神であり、恐ろしく、
そして醜い点なのです。

ただ、そんな貧乏神も人なんで
嫌がるタイプ、性格ってのがあります。
それこそが、不幸を避けるための
目指す方向となってきます…

2022年12月3日土曜日

こうして貧乏神は出来上がる(運気下げシリーズ)

皆さんこんばんは、あにきです^^

前回は自己憑依の簡単な流れについて
書きましたが、今回はその先にある
貧乏神についての話です。




何かがきっかけで自己憑依が始まると、
尋常ではないくらいに、
世間体を気にし始めます。

何故かと言うと、
失敗やミスをとても嫌がるからです。
また、人に怒られたり、
人よりも下に見られたくない
という思いが
その人の中で露骨になってくるからです。




そこを過ぎると、
人当たりと外面が抜群に良くなってきます。
優しさや甘い言葉、慰めや
人をフォローする術にとても長けます。
ですが、何故かあっさりと人を切り捨てたり、
目が笑っていなかったりと影があり不気味。

この段階で、人を信じるという事を
概ね出来なくなっています。
その代わり、お金が全ての価値基準と
なっているので、それに絡んだものや事には
異常なまでの執着を見せるようになっています。

貧乏神としての要素は、
ここでほぼ完成です。



元から周りにいる感の良い人だと、
この辺りで得も言えぬ違和感を覚えるので、
離れていきます。
もしくは、異変に気付きます。


そして、貧乏神としての要素が
現実的に周りに牙を向き始めるのは
ここからとなっていきます…

2022年12月2日金曜日

己を省みない罪と罰(運気下げシリーズ)

皆さんこんばんは、あにきです^^




自己憑依という現象があります。
読んで字の如く、自分で自分に憑依する
という意味なのですが、

これはあくまでも比喩表現で、
実際には【 自分に閉じ籠もる 】
という行為を指します。

また、この行為を発動させると、
出てくる症状が、何かしらの霊に憑依
されているのでは?
と、疑いたくなるくらい、
憑依された時と似通った症状となります。

(実際に連動している時もあります。)




そして、自己憑依真っ最中の方の場合、
かなりの確率でこういった台詞を言います。

『私(俺)は生霊か何かに取り憑かれている…』
もしくは
『…………取り憑かれていますか?』

その他にも幾つか該当する言動行動が
ありますが、その代表的な面で言うと、
何を話しても自己肯定表現が強くなります。

言動ですと例えば、
自分の行動が伴っていないのを指摘されると...

『私(俺)はこんなに頑張っているのに』
『私(俺)はこんなに愛しているのに』
『自分は人を信じられない(信じない)』

という言葉を好みます。
言葉を好んでいるだけなので、
当たり前ですが周りの人から見れば
「こいつは何を言ってるんだ?」
と、思われてしまうほどに、
中身はすっからかんです。伴っていません。




どうしてそういった言葉や行動を好む様に
なるのかというと、
自分という者を守る事に執着するあまり、
責任回避という方向へパラメーターを全振り
しているので、己を省みるという事が
出来なくなっているからです。

要は、自分を見るのが怖いという事。




でも、元々は何かしらの原因があって、
発動するものなので、治す事は可能です。
実際に治していますからね。

ですが、残念なことにご自分の意思で
何とかしたいと思わない限り
治癒不可能な現象でもあります。

そして、この現象の本当の恐ろしさは
この先にあって、何かというと、
周りにいる人の運気を次々と下げる
貧乏神と化した後に、当のご本人が
生霊化するという事なのです。

2022年12月1日木曜日

産まれてきてくれてありがとう

皆さんこんばんは、あにきです^^




今回は誕生日についての話です。
誕生日は普通に誰もが嬉しいお祝いの日
だと思いますが、
男女問わずある一定の年齢を過ぎると、

『また一つ歳を取るから嬉しくない…』

と、嘆く方が多いですよね。

ですが、それは間違いです。
あまりにも考え方が小さいので、
止めた方が良いと僕はオススメしています。




誕生日ってのは、その名の通り
生まれてきた日です。
パートナーやお子さんの誕生日には、
「おめでとう!」と言いますよね。

この「おめでとう!」は、
どういう意味でのおめでとうでしょう?
考えたことありますか?




僕がよくお話をするのは、
『産まれてきてくれて、ありがとう☆』
という気持ちを込めた
「おめでとう☆」だと話しています。

また一つ経験を重ねたね!
頑張ったね!
という、意味も当然に含んでいます。

にも関わらず、
自分自身の誕生日を貶すのは、
如何なものでしょうか?




自分に対しても、経験を一つ重ねた。
頑張った!という祝福と共に、
無事産まれてこれた労いという意味で
自分におめでとう!と、
素直に祝ってあげる事が大切なんですね。

そのくらい、向こうの世界から
こちらの世界へ生まれてくる事は、
結構熾烈な事なんですよ。

なのに、自分自身に対して
祝えないどころか、人から祝福されたのに
嫌味で返したり、嬉しくないなんて
例え気恥ずかしかったとしても、それを
口にするのは最大級の冒涜でもあります。

もし、誕生日が嫌なイベントなら
天皇陛下の誕生日が祝日なのは
おかしい話になりますよね。




若々しくいたい気持ちは分かりますけど、
まずは、真摯な想いで喜んで、
素直な気持ちで祝福する事が重要ですよね。

考えてみて下さい。
ご自分の誕生日を自分で祝えない人が
他者の誕生日を心から祝えるんですかね?

今一度、ご自身やパートナー、お子さんに
問い掛けてみても良いかも知れませんよ。