皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は動き方について
お話をしたいと思います。
信じるという事が大切です。
しかし、
これは無闇にという意味ではなく
ちゃんと考えを持たないといけません。
また、「信じる」には
度合いとランクが存在します。
度合いというのは、
相手に対する信じる分量みたいなものです。
ランクというのは、
どの程度の立ち位置で信じられるかの
優先順位や分類ですね。
信じるにしても、
誰でも彼でも同じとはいかない訳です。
例えば、
ちょっとした部分だけ信じる事が出来る相手と
特に問題なく信じる事が出来る相手とは
その度合いもランクも違いますね。
ここをちゃんと認識する事が大切です。
そして、
その認識は自身がしっかりと策定して
管理していかないといけません。
また、自身の策定した認識を
相手がちゃんと理解してくれるとも限りません。
基本的に自身の基準は
自身にしか通用しないものですからね。
自分がちょっとした部分のみ
信じる事が出来る相手と思って接していても
相手は全般的に信じているかも知れません。
その逆も然りです。
ここの焦点が合っていなかったり
認識が不足していたりすると
気持ちが通じなかったり
面倒事に巻き込まれてしまったりします。
それを回避させる為に、
意思表示は曖昧にせずに
しっかりと行わないといけません。
特に、面倒事に巻き込まれない様に
する為には分かり易いくらいの
意思表示が必須となってきます。
人の心や相手の気持ちを理解する前に
自身の事ばかりを押し付けてくる人が
老若男女問わず多い世の中です。
自分勝手な解釈をされたり、
自分本位剥き出しな対応をされて
嫌な思いをしてしまう前に
自分の意思というのは大袈裟なくらいに
ハッキリと出来る様にしていきましょう。
思っている以上に
世間ってのは
自分勝手な輩が
跋扈している
ものなんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は考え方について
お話をしたいと思います。
人を信じると言っても
なかなか難しいものです。
信じたのに上手くいかなかったとか
裏切られたとか。
言いたい事は山ほどあるでしょうし
云わんとしている事も理解は出来ますが、
それは信じたのではなく
「信じているフリ」を、
していただけだから失敗をしたのです。
貴方が信じる以前に、
貴方は信じてもらえる様な
「振る舞い」や「業」をしていたのか。
そこが抜け落ちているのですから
上手くいきようがありません。
ですから、「フリ」なのですね。
この思考回路を「自分本位」と言います。
こうして話すと分かるのですが、
「自分も信じている」
ではなくて
「自分が信じているのに」
で、留まっています。
つまり、最初から最後まで
自身のみで完結してしまっているのです。
そこに「相手から」や「相手の為」という
想いが全く存在しておらず、
この時の「相手」とは、
ただ自身を正当化させる為だけの存在として
扱っているに過ぎません。
それなのに、
相手から信じてもらえないもクソも無いのは
火を見るよりも明らかですね。
信じるのであれば、
まずは信じてもらえる業を心掛ける。
相手の為に
相手を信じ切る努力をする。
この想いを軸に据えた動きが出来なければ
人を信じるのは高難度のままですからね。
人じゃなくても
同じ論理で
成り立つんやで
皆さんこんにちは、あにきです^^
今回は信じるバランスについて
お話をしたいと思います。
運気UPや単に日々を善くしたいと
色々な事を模索されていると思いますが、
その方法は世の中に多々あれど
中々に倦ねいてしまっている。
これは、手段に頼り過ぎていて
中身をちゃんと考えていないから
起きてしまっている現象です。
実際にちゃんと効果を
発揮するものであったとしても
そこに意識が乗じなければ
どんな事であっても
上手くはいきません。
その意識の中で最も重要なのが
「信じる」というものです。
信じるというのは、
とても簡単ですが凄く難しいです。
物事をしっかりと考えずに
盲信してしまえば自分を見失いますし、
逆に信じなくても自分を見失います。
信じる事は簡単でも、
そのバランスを取る事が難しい。
よく、「自分は何も信じない」と、
公言している人が見受けられますが、
それはとても短絡的で
薄い意思でしかないです。
自分は何も考えません。
自分には何もありません。
自分という個もありません。
と、言っているのと同じです。
そして、
自分を信じてほしい時が来ても
当然ですが信じてもらえる事はないです。
何も信じないと言っている人を
信じる人など居ません。
裏切られたとか辛い過去などが
原因で不信に陥る事は理解出来ます。
実際に、あにき自身にも
そういう時期がありましたからね。
ですが、それでは何も解決しないし
結局、人が善くなる事も無ければ
必然的に自分が善くなる事もないのです。
その状態で、何かをやろうとしても
何かをやっていても
気持ちが載らないのですから、
何一つ効果など発揮しません。
では、
信じるバランスを維持するには、
何が必要になるのかと言いますと、
「考える」
という行為が必要になります。
言われただけの事をやるのではなく、
その理屈を自分もちゃんと思考する。
理解出来なければ、理解に及ぶまで
ちゃんと解説をしてもらう。
一辺倒な解説を見たり聞いたりして
分かった振りで済まさずに、
ちゃんと声に出して質問をする。
こういった基本的な事、
考えて理解するという基礎を用いて
初めて信じるというのが
バランスよく機能します。
その上で、
間違っていたなら訂正をすれば良いし
合わないのであれば辞めれば良い。
「信じる」という行為は
いつだって自由ですし、
押し付けられたり
自分で決め付けたりする様な
類の代物ではないのです。
自然と信じられる様に
ちゃんと考える。
何をやるにしても
そこから本当の効果効能が
発揮されるのです。