2026年5月14日木曜日

夢見る思考は恥ずかしい(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は考え方について
お話をしたいと思います。




自身の意識の方向を常に確認します。
慣れてくればその確認方法は
セルフで行う事が出来ますが、

殆どは他人さんから教えてもらう形が
メインになってきます。

ですが、ここで一つ問題がありまして
教えてもらうにしても

善き方向に向いている時ですと
人はあまり教えてくれません。
善い事や褒める事を嫌うからです。

役割がしっかりしている人や、
常識を持ち合わせている人は
嫌な顔をしないで教えてくれます。

但し、
対象者が嫌な奴じゃない場合に限ります。

誰にでも教えないのは
世の中のルールですものね。

人は、駄目な方向へ向いている時
ここぞとばかりに指摘してきます。
それは指摘というよりも

「鬼の首を取った」

と、いう感じになります。
それほどに人の不幸は蜜の味なのですね。




これを話すと高確率で
「そんな事は無い」と、
心の中で反論しようとする人が居ますが

そんな貴方はどうですか。
善い事よりも嫌な事や駄目な事の方が
ナチュラルに出来たり動けたりするでしょ。

それが普通なのですよ。

ですから、普段からしっかりと
意識をしないといけないのです。

悲しいかな、
人と云うのは善い事をする場合は
意識を強く持たないと出来ない仕様なのです。

それを繰り返していると
その動きが自然となっていきます。

暫く頑張っていれば、
今度は通常の逆の思考回路となっていきます。
善い事を中心に考えられるようになる
という事ですね。

善い事は甘くてとろける蜜の味ではなくて、
濃くてビターな苦みのある大人味です。

それは想いや念にも当て嵌まります。

想いは苦くて
念は甘い

ここを履き違えて幻想に溺れると
どえらい事になりますからね。

根本をちゃんと
理解する事が
大切なんや
甘い言葉に
躍らされずに
現実を視るんやで

2026年5月12日火曜日

本質へ続く路盤形成(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




自分の考えている事をしっかりと伝える。
また、
伝える事が出来る相手が居るというのは
とても有難い事です。

そこから自身の伝えている事を
理解してくれたり
また、
理解する努力を惜しまない相手というのは

本当の意味での宝物だと
考えた方が善いです。

人に自身の意思や考えを
伝えるというのは想像以上に困難です。

言葉の読解力も個々人で異なりますし、
行ってきた経験値も知識量も変わります。
理解するポイントというのも
縷々様々ですから困難を極めるものとなります。

上辺の話だけならば
決して困難ではありません。

余程の認識不足だったり
相手がそもそも話を聴こうとしなかったりと
根本的な問題点が無い限りは
寧ろ、簡単だと言える筈です。

今ここで話している困難というのは、
そういった上辺の話ではなくて

物事の「本質」に纏わる話の事を意味します。

言葉は理解が出来たとしても
その「本質」というのは
中々理解出来るものではありません。

伝える側にしても受け取る側にしても
相当な覚悟と努力が必要になります。




そして、
無理に理解をさせようとしてしまうと
それは「押し付け」となってしまうので、

相手の思考を停止させる事に繋がります。

それでは元も子もありません。

自発的に考えてもらう様に動き
自立して思考出来る状態を作り出す。

当然に意に介さない答えとなる事もあります。
それはそれで仕方のない事です。
相手さんに責を負わせるのではなく
自身の力の足りなさを省みます。

相手さんが全く理解に遠い状態の場合や
思考している様に見せて思考停止している場合、

この時は答えを見出せるように
道筋を立ててあげます。

標識や看板を掲示する様な感覚です。

但し、相手さんの経験値が乏しかったり
俗欲に則した反応を示している場合は、
道筋の説明そのものが高難度となります。

考え方が分からないというレベルではなく
考えるための領域が存在しないのですから。

こういった場合はどうするのかと云いますと、
相手さんの出した答えを
一度経験して貰うのが善いでしょう。

失敗をすれば一つ経験が増えますから、
その失敗を数多積重ねてもらって
道を作り上げる形にするのです。

道が無いのに標識を掲げても
何ら意味が無いですからね。

順番を遡って対応するのも
伝える側や教える側に位置する立場には
絶対的に必須な思考回路なのですよ。

正解だけを
教えるのではなく
不正解の大切さを
教えるのが
教える側の
責務なんやで

2026年5月9日土曜日

幽体を整える(実戦シリーズ)

皆さんこんにちは、あにきです^^

今回は動き方について
お話をしたいと思います。




先日ここでお話をした際に
「幽体の整え」について軽く触れました。

肉体から幽体がズレてしまうと
様々な弊害が発生します。
それを戻してあげる作業が「幽体の整え」です。

実際に何をするのかと云うと
例によって見た目的には
会話をするだけです。

本来のスピリチュアルに於いて
この手の作業は
基本的に会話のみで成立します。

それでは話が面白くないと思いますので
もう少しコアな部分に触れて話します。

会話によって引き出すのは
素直さ度の向上です。
ここで重要になってくるのは、

自身の体験によって露呈した
若しくは
徒に隠している駄目な自分を
認識させる点にあります。

この「駄目な自分」と云うのは
つまるところ自分本位の表現型です。
貴方にとっての「善い自分」の反対側です。

善い自分を伸ばす為にも
駄目な自分を認めさせないといけないのです。

そして、
駄目な自分は本人でも気付けますが
自分だと認めることを嫌がるのですね。

善い自分は本人ですと気が付きません。
よく一般的に言う長所など善い自分ではなく
あれはデコレーションみたいなもので

自身にとって都合よく作られたお飾りです。

本当の意味での善い自分というのは
他者の目からでしか
教えてもらう事が出来ない云わば「本質」です。

これを伸ばす為には
正反対に位置している駄目な自分を
「自分だと」認識させないといけません。

また、これは同時に当人の素直さ度を上げる為の
最速最短な方法なのですね。




逆に云うと、
駄目な自分も自分なのだと認識しようとしない人は
素直さ度を上げるのが非常に困難になる
と、いう事を指し示しています。

会話でこの作業を只管に行いつつ、
皆さんの目には写りませんが
同時に幽体を肉体に納める作業をするのです。

これは相手の幽体に
こちらの幽体を合わせて行います。
引っ張ったり押し込んだりする様な感じです。

肉体に幽体が納まると
それまでの症状が消え始めて
身体が軽くなるので嫌でも分かります。

五感の感度が強い人ですと、
会話している最中でも暖かさや冷たさを感じます。

素直さ度が低くても幽体を戻す事は出来ますが、
その維持と納めるのに掛かる時間で
差が生じてきます。

どうせなら善い状態が長続きしてほしいですし、
素直さ度が低いという事は
いずれまた極度なズレを生じさせてしまいます。

根本的な解決に結びつけた方が
善いに決まっているので
この点を重視している訳です。

但し、1つ問題点があるとするならば
素直さ度を上げるのは苦痛を伴うという点です。

まぁ、そこを耐えられなければ
いずれ貧乏神になるだけですし、
それは相手さんの性格や考え方の問題なので
こちら側の知った事ではないですけどね。

セッションではこれを普通にやっているのです。

相手の受取り方で
全てが決まる以上
こちら側からの
押付けはナンセンス
でしかないんやで